巨匠ルーベンスが活躍したアントワープと世界に誇る美しいレストラン

  • アートと美食で旅するベルギー・フランダース地方(1)
  • 2018年5月1日

聖母大聖堂で鑑賞できる、名作アニメ「フランダースの犬」でもおなじみのルーベンス作「キリスト降架」(c) www.milo-profi.be

 名作アニメ「フランダースの犬」で主人公があこがれた名画を描いた人物として、日本でも広く知られる画家ルーベンス。普通の人々の暮らしや自然をありのままに描き、一族代々画家として活躍したブリューゲル。細密に描き込んだ写実画で知られ、15世紀初頭の絵画革命で中心的な役割を果たしたファン・エイク。この3人は西洋美術史に関心のある人にとってはおなじみのビッグネームで、大航海時代から現代に至るまでヨーロッパの芸術に影響を与えた画家です。2018~2020年の間、「フランダースの巨匠たち」と呼ばれる彼らの功績にスポットを当てたイベントがベルギー各地で開催され、注目を集めています。

ベルギー名物のほか世界各国の料理を楽しめるフードコートはアントワープの新名所。19世紀の郵便局の建物をリノベーションしました

 彼らが活躍したベルギーといえば、小さい国ながらヨーロッパでも屈指の美食国としても有名。ベルギービールやワッフル、チョコレートといった日本でもおなじみのアイテムのほか、食を芸術の域に高めたファインダイニングがあり、アートな美食を世界に発信しています。

 今再び注目を集めるフランダースの巨匠たちの足跡と美食を求めて、フランダース地方の三つの街をめぐる旅に出かけました。

聖母大聖堂をバックにフルン広場にたたずむルーベンス像

 2018年のテーマは「バロック都市アントワープとルーベンス」。そこで、まず訪れたのが、ルーベンスが1640年に亡くなるまで住み続けたアントワープです。バロック芸術の都市アントワープは、ビジネスの側面でヨーロッパにおける重要都市。また、ダイヤモンド産業の中心地として、モード・ファッションの街としても知られています。

 10月から国立西洋美術館で開かれる「ルーベンス展」でも“王の画家にして画家の王”と称されるピーテル・パウル・ルーベンスは、1577年に現在のドイツに属する土地の生まれ。幼いときに父を亡くし、両親の出身地であるアントワープに母親と移り住みました。アントワープで絵画を学び、青年期にあたる1600年からイタリアに滞在し画家として成長。1608年、ネーデルランド地方の公認宮廷画家という高い身分を得てアントワープに戻りました。その後、アントワープのワッパー広場に自宅兼アトリエを建設。亡くなるまで29年間、この自宅兼アトリエで暮らしたのです。

「ルーベンスの家」のファミリールーム (c) Michel Wuyts

 そんな彼の自宅兼アトリエ、「ルーベンスの家」は、建物をそのまま利用し、現在美術館として一般公開されています。イタリア帰りでルネサンス文化にも精通していたというルーベンス自身がデザインを手がけた建物と地元フランダースの建築様式の建物からなり、イタリア建築のパラッツォ風の大邸宅です。

 ルーベンスは、絵画の分野にとどまらず彫刻や建築といった3D分野でも活躍し、大作や傑作を含め、その生涯で数千点もの作品を生み出したと言われています。「ルーベンスの家」には、2階まで吹き抜けの広々とした工房があり、ここでルーベンスが指揮を執り、多くの弟子やスタッフが分業制で作品を制作していました。つまり1階のフロアは絵の具が飛び散る制作の現場ですが、ルーベンスは2階部分に、フロア全体を見渡せるバルコニーを設置しました。ルーベンスに作品を発注した貴族や富裕層といったルーベンスの後援者たちは、このバルコニーから、服を汚す心配をせずに制作風景を眺められたそうです。ガイドさんによると、芸術家の才能に加えてこんな小さな気配りまでできたことが、王侯貴族から愛された理由だそうです。

美しい聖母大聖堂はアントワープのランドマーク。「ルーベンスの家」まで徒歩で移動できます (C)ベルギー・フランダース政府観光局

 さて、ルーベンスは、肖像画から宗教画、歴史絵画の連作、優しさと温かさを感じる家族の絵まで、幅広いジャンルで活躍する画家として名声を得ていました。

 代表作のひとつが、「フランダースの犬」の最終回に登場した「キリスト降架」をはじめ「聖母被昇天」「キリスト昇架」といった宗教画。これらを鑑賞できるのが「聖母大聖堂」です。

ルーベンスの傑作で、聖母大聖堂内で「キリスト降架」と対をなす作品「キリスト昇架」 (C)ベルギー・フランダース政府観光局

 「キリスト降架」は、3枚のパネルからなる祭壇画で、イエス・キリストの亡きがらが十字架から降ろされる場面が描かれています。入り口を背にして右側にあるのが「キリスト降架」、それと対になる左手にあるのは、同じく3枚のパネルからなる祭壇画「キリスト昇架」で、中心のパネルには、イエス・キリストが今まさに十字架にかけられようとしている場面が描かれています。

 「バロック美術の巨匠」と呼ばれるルーベンスの作品らしく、どちらも動きのある構図が特徴的ですが、「キリスト昇架」がより強く「動」を感じさせるのと対照的に「キリスト降架」で表現されているのは「静」。見上げる高い位置に飾られ、窓から差し込む光に浮かぶ「キリスト降架」からは、圧倒的な重厚感を持ちながらも穏やかな静けさが伝わってきました。

こちらもルーベンスの傑作で、聖母大聖堂で鑑賞できる「聖母被昇天」 (C)ベルギー・フランダース政府観光局

 一方、偉大な画家ルーベンスには、別の顔もありました。なんと7カ国語を操ったといわれる語学の才能を生かして外交官としても活躍。スペインやイギリスに滞在し、当時争いが絶えなかったヨーロッパに平和をもたらすために尽力したのです。

 そんなルーベンスが愛したアントワープは、小さいながらも表情豊かな都市です。旅の起点となるのは、世界で最も美しい駅と称賛されることも多いアントワープ中央駅。19世紀末から20世紀にかけて造られたネオバロック様式です。前出の「聖母大聖堂」は16世紀に完成したゴシック建築。故ザハ・ハディド氏がデザインしたアントワープ港湾局のガラス張りの未来的な建物もあります。同じ街で、歴史的な建造物が混じり合い、時代を超えて共存しているのです。

故ザハ・ハディド氏による未来的な建築はアントワープらしくダイヤモンドをイメージしたもの

 石畳の街並みを軽やかに歩くのは、ファッショナブルなアントワープっ子たち。とりわけ「モードミュージアム」のあたりはファッション関係者が多く、すぐ近くにはアントワープが生んだ世界的デザイナー「ドリス・ヴァン・ノッテン」の本店もあるため、最先端のモードに身を包んだ男女が、すてきなカフェでお茶をしたり、チョコレートをつまんだりしている姿をよく見かけました。

軍の病院付属の礼拝堂をリノベーションした、アントワープを代表するレストラン「ザ・ジェーン」(c) Richard Powers

 そんなアントワープっ子たちに大人気なのが、「世界でもっとも美しい」と評されたこともあるレストラン「The Jane(ザ・ジェーン)」です。

 このお店、2014年のオープンに至るまでのバックグラウンドがユニークで、オランダの有名シェフが、ミシュラン三ツ星を獲得した自身の店を閉め、ビジネスの可能性を感じたアントワープに新天地を求めたそう。ロケーションもまたひとクセあり、軍の病院に付属した天井の高い礼拝堂を改装。店内にはアバンギャルドなデザインの巨大なシャンデリアを下げ、もともと祭壇だった場所には開店当初、なんとイルミネーションのスカルを飾っていたとか(現在は変更)。

モノトーンが基調のスタイリッシュなザ・ジェーンのインテリアを2階から見るとその美しさに圧倒されます。インテリアに合わせてモノトーンに装った人々でたちまち満席に

 2層吹き抜けの空間は、1階が大広間のようなダイニング、2階が大きなカウンターのあるバーラウンジ。シャンデリアを中心に、2階から俯瞰(ふかん)した美しいダイニングの内観ばかりが有名ですが、実はデザイナーとコラボしたスタッフのスタイリッシュなユニホームや、カトラリーやテーブルウェアのセレクト、リネン類、グラスやその並べ方まで、美しさを重視し考え抜かれています。店内に入った瞬間から、案内された壁際のテーブルから見える景色まで、もう目に入るものすべてが美しい。

空間に似合う美しいビジュアルも大切に作られた料理は、今トレンドの少量多皿のおまかせスタイルで構成されています

 料理は、ベルギー産の食材を中心に使い、伝統的なフランス料理の技術をベースにしながらも、現代的に大胆なアレンジを加えたクリエーティブなスタイル。港町であるアントワープを表現するためにシーフードを必ず使用します。いまどきの世界のトレンドを押さえて、アジアのフレーバーも自由に取り入れているところもさすが。ビールやワインだけでなく、創作カクテルも加わるペアリングコースも今っぽい。メニューは「現代フランス料理とは違う、ベルギー料理ならではの美しさを世界に発信する」をコンセプトに考案されているそうです。

ザ・ジェーンのシェフ、ニックさん。世界のシェフたちとソーシャルメディアで交流し、自ら英語で発信するところもいまどき(c) Michaël Dehaspe

 そんなザ・ジェーンの厨房(ちゅうぼう)を取り仕切るのは、オランダ人三ツ星シェフとビジネスパートナーのベルギー人のニックさん。ミシュラン二ツ星を持つ名店のシェフながら料理ひと筋ではなく、音楽活動をしたり起業家としてビジネスを計画したりしているとか。成功を収めてもそこに留まらず、多分野で活躍するしなやかさは、ルーベンスの時代から続くアントワープの伝統なのでしょうか。

2018年はアントワープへ 6月から市内各地で「バロック都市アントワープとルーベンス」開催

 記事中でもご紹介したように、「フランドル絵画年」2018年のテーマは「バロック都市アントワープとルーベンス」。6月1〜3日にかけてアントワープ市内各地で開催されるオープニングイベント「A BAROQUE CELEBRATION OF LIFE」を皮切りに下記のイベントの開催が発表されています(データは取材時。変更になる可能性があります)。

  • 2018年6月1日〜9月2日「ミカエリナ・ワウティエル」展
  • 2018年6月1日〜9月30日「エクスペリエンス・トラップス」展
  • 2018年6月1日〜9月16日「リュック・タイマンスのバロック」展
  • 2018年6月29日〜10月7日「ポール・コーイカー」展
  • 2018年夏以降常設「ヤン・ファーブルの祭壇飾り」設置
  • 2018年9月28日〜2019年1月6日「本のデザイナー」展
  • 2018年9月28日〜2019年1月13日「食のバロック静物画と現代の写真」展

     ◇

■取材協力
・ベルギー・フランダース政府観光局 http://www.visitflanders.com/ja/
・フィンエアー https://www.finnair.com/jp/jp/

 今回利用したのは、日本から欧州へ「最短最速」でアクセスできることで知られるフィンエアー。ヘルシンキ・ヴァンター国際空港を拠点に、欧州地域約100都市にフライトを持ち、日本からは70都市以上に乗り継げる。空港がコンパクトに設計されていて、ミニマムコネクティングタイム(飛行機の乗り継ぎに必要な最小時間)が約35〜40分と短く設定されているのも特徴だ。 

 この旅では成田空港発ヘルシンキ経由で、ベルギーのブリュッセル空港まで飛んだ。成田からヘルシンキへの飛行時間は10時間25分、ヘルシンキからブリュッセルへの飛行時間は2時間40分。

 フィンエアーは成田のほか、名古屋・関空・福岡と日本各地に就航。成田線と関空線では「快適性が向上した」と言われる最新機材のエアバスA350で運航している。今年の夏期スケジュール(5月13日〜)では、成田―ヘルシンキ線を1日2往復に増やす。

 また、機内サービスにも力を入れる。日本人シェフと初めて機内食でコラボレートを実現し、2月7日から成田発ヘルシンキ行きのビジネスクラスで提供している。

フィンエアーが先ごろ採用した、日本人シェフによる機内食

 日本人シェフとしてシグネチャー・メニューをプロデュースするのは、旬の野菜と乾物を主役とした身体にやさしい料理が高く評価されている和食店「七草(ななくさ)」(東京都渋谷区)の前沢リカさん。メニューは日本の四季に合わせて3〜5カ月ごとに変わり、春らしい野菜や乾物を、丁寧にとっただしで調理した前菜「春の七草花織り箱」と、メイン料理「牛ヒレ肉の八丁味噌とバルサミコソース添え 蕗の薹(ふきのとう)のタプナードとともに/松の実ご飯 黄身そぼろ」は、5月まで提供される。

江藤詩文(えとう・しふみ)

トラベルジャーナリスト、フードジャーナリスト。これまで日本発着のクルーズのほか海外発着のフライ&クルーズ、リバークルーズなどを取材。著書に電子書籍「ほろ酔い鉄子の世界鉄道〜乗っ旅、食べ旅〜」全3巻(小学館)など。

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