京都ゆるり休日さんぽ

旅人も京都人も同じ朝を過ごす 老舗喫茶「イノダコーヒ本店」

  • 文・大橋知沙
  • 2018年5月25日

吹き抜けの空間や中庭が心地よいホール席

 朝7時。京町家風の格子窓とコーヒー色ののれんが目印の「イノダコーヒ本店」のドアが開くと、開店を待っていた人々は次々にお気に入りの席へと急ぎます。京都の旅の朝食を楽しみに訪れた旅行客、新聞を片手に目覚めの一杯を飲むことが日課の男性、おしゃべりに花を咲かせる女性客やカップルの姿……。店内はたちまち満席になりますが、不思議と騒がしさはありません。話し声や食器の触れる音が心地よく響く中、今日という一日を「イノダではじめよう」と訪れた人々に共通する、どこかすがすがしい空気が漂います。

京町家風の本店。左は創業時の姿を復元したメモリアル館

 1940(昭和15)年に創業し、京都市内に8店舗を構える「イノダコーヒ」は、京都の老舗喫茶店を代表する存在。中でも堺町通三条にある本店は、創業時の面影を今に伝えつつ、店舗限定の「京の朝食」がいただける店の一つとして、多くの人々に親しまれています。

メモリアル館には創業者の集めた調度品などが飾られている

 ガラス張りの中庭と吹き抜けが心地よい本館、開業時の店舗を復元した旧館、メモリアル館と三つの空間があり、それぞれが違った趣。1999(平成11)年火事で建物が焼け、それまで事務所だった建物と店舗を一体化し、広々とした空間にリニューアルしました。貿易商、焙煎(ばいせん)家であると同時に芸術家でもあった創業者・猪田七郎の絵画やコレクションが随所に飾られ、歴史と風格が感じられます。

コーヒー豆のパッケージの絵も創業者が描いたもの

 イノダコーヒの看板ブレンド「アラビアの真珠」は、創業時から変わらぬ、モカをベースに酸味とコクのバランスのとれた深煎りのコーヒー。ここに、はじめからフレッシュミルクと砂糖が入っているのがイノダ流です。かつて文化人の社交場として利用されることの多かった喫茶店では、談義に夢中になるうちにコーヒーが冷め、ミルクと砂糖が混ざらなくなってしまうことがしばしば。そこで、あらかじめそれらを混ぜたベストな状態で提供するスタイルが考案されました。

「アラビアの真珠」(580円・税込み)

 現在は、ブラックでのオーダーやミルクと砂糖を別添えにしてもらうことも可能ですが、元祖イノダのミルクコーヒーは、一度は体験してほしい味わい。豆の個性をミルクのまろやかさが包み込むような一体感を味わったら、このブレンドが、そうして飲むために作られたコーヒーだということがわかるはずです。

「京の朝食」(1440円・税込み)。午前11時まで提供

 「京の朝はイノダから」と言われるほど、京都の朝食の代名詞となったモーニングも忘れてはなりません。本店をはじめ市内4店舗限定で展開している「京の朝食」は、とろとろのスクランブルエッグにボンレスハム、サラダ、クロワッサン、オレンジジュースなど、高級感ある洋の朝食が楽しめる一品。旅行客に、「ホテルで朝食をいただくように、喫茶店での朝を過ごしてもらえたら」と24年前にスタートしました。オーソドックスな献立ながら、シャキシャキのサラダや肉厚のハム、卵の半熟具合など、ひと品ひと品のクオリティに「早起きしてよかった」と感動できそうです。

人気の「レモンパイ」ほかケーキ類も充実

 本店ならではの開放的な空間やクラシカルなしつらえ、歴史を感じるコーヒーの味や心満たされる朝食など、イノダコーヒに通う理由はたくさんあります。けれど、この店の一番の魅力は、京都に住む人々と京都を旅する人々が、同じ空間で同じ時を過ごしているという調和にあるのではないでしょうか。

通路でさえずるインコは、気候の良い季節のお楽しみ

 世界随一の観光地もここに暮らす人々にとっては地元であり、地元の人々が見慣れた景色も旅人の目には新鮮に映る。そんなふうに旅と日常が隣り合い、コーヒー1杯の時間をともに過ごして、それぞれの一日に戻っていく。そんな想像をめぐらせながら、イノダコーヒの朝を過ごしてみてください。京都という街の素顔や喫茶店という場所の役割に、思いがけない物語を発見するかもしれません。ゆっくり思索にふけりすぎてコーヒーが冷めてしまっても、あわてて砂糖とミルクを入れる心配はありませんから。(撮影:津久井珠美)

【イノダコーヒ本店】
075-221-0507
京都市中京区堺町通三条下ル道祐町140
7:00〜19:00
無休
https://www.inoda-coffee.co.jp

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PROFILE

大橋 知沙

編集者・ライター。東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。京都のガイドブック、カフェ、雑貨などのムック本・書籍を中心に取材・執筆を手がけるほか、手仕事や印刷の分野でも書籍の編集に携わる。主な編集・執筆に『恋するKYOTO雑貨』(成美堂出版)、『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。

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