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天守よりも見るべき? 奥深き城の櫓(1)

  • 文・写真 城郭ライター 萩原さちこ
  • 2018年5月28日

江戸城の富士見櫓

 城に「櫓(やぐら)」という建物が存在するのをご存知だろうか。二重や三重、倉庫のような単層の細長いタイプもある建物だ。私が悲しいのは、この櫓がないがしろにされがちなこと。実は奥が深く見どころがある櫓の魅力に、今回は迫ってみよう。

 櫓とは、「矢倉」「矢蔵」と書く、射撃のための建物が発祥とされる。転じて、城内の建物の呼称となった。古代にはすでに存在したようだが、城で現在見られる姿になったのは、16世紀と思われる。

 江戸時代から現存する天守は全国に12棟しかないが、現存する櫓は100棟以上もある。しかし、それでもほんの一握り。福島正則時代の広島城(広島市)には76棟もあったとされ、津山城(岡山県津山市)や姫路城(兵庫県姫路市)にも60以上の櫓が存在したと考えられている。

2005(平成17)年に復元された、津山城の備中櫓。本丸南面に張り出す2階建ての櫓で、御殿の一部として使われていたとみられる

 櫓には建築上の決まりはなく、大きさも階層もバラバラだ。華やかに装飾された大きな櫓もあれば、シンプルで小さい櫓もある。

 近世の城における櫓の標準形が、二重櫓だ。櫓は武器や兵糧の保管庫であり、敵を監視し射撃する場。土塀などの屋根越しに敵のようすをうかがうには、二重がちょうどよい高さなのだ。大きさはさまざまだが、岡山城(岡山市)の西の丸西手櫓や二条城(京都市)の西南隅櫓、金沢城(石川県金沢市)の菱櫓のような、1階平面が5間×4間程度が一般的だ。

 形状もバラエティに富む。天守と同じように望楼型と層塔型があり、金沢城にみられるような平面が菱形をした菱櫓もあれば、岡山城の西の丸西手櫓を代表例とした1階と2階が同じ大きさの重箱櫓もある。大坂城(大阪市)の乾(いぬい)櫓のように、平面が直角に折り曲げられたL字型の風変わりな櫓も。名古屋城(名古屋市)の東南隅櫓のように、外観は二重ながら内部は3階建てになっている2重3階の櫓も存在する。

大坂城の乾櫓。城外側から見ると大きく立派な建物に見える

城内側から見た大坂城の乾櫓。L字型にすることで建築面積を節約できる

 一重の櫓は平櫓という。高さがなく監視場としては機能しないため、城壁のない場所に建てられ、天守や別の櫓につなげて建てるケースも多い。松江城(島根県松江市)のように天守に接続した櫓は「付櫓(つけやぐら)」と呼ばれ、江戸城(東京都千代田区)の伏見櫓のように、ほかの櫓や城門に接続したものは「続櫓」と呼ぶ。

 城壁の上に建てられた長い櫓は「多聞櫓」という。江戸時代には長屋造の建物のことを多門と呼んでおり、倉庫のような細長い形状の櫓を指す。本丸のまわりや重要な城門に建つ隅櫓をつなぐ櫓として機能し、天守や隅櫓をつなぐ短い多聞櫓は「渡櫓」とも呼ばれる。

江戸城伏見櫓は、西の丸の西南隅に建つ二重櫓。右側が続櫓

彦根城(滋賀県彦根市)の佐和口多聞櫓。1771(明和8)年頃に再建された

 もっとも大きな櫓が、三重櫓だ。最高格式で、天守に匹敵する規模や意匠を誇る三重櫓もあった。

 全国の城を訪れていると、「天守代用」という言葉をよく目にする。天守の代用とした櫓のことだ。1615(元和元)年に武家諸法度が公布されると、天守の新築をはじめ建物の修繕から石垣の改修に至るまで幕府の許可が必要となった。そこで厳しい規制をかいくぐるべく、三重櫓などの大規模な櫓を建造して天守の代わりとしたのだ。

 現存する12天守のうち、弘前城(青森県弘前市)と丸亀城天守(香川県丸亀市)も、厳密には天守代用の三重櫓だ。弘前城にはもともと五重天守が存在したが、1627(寛永4)年に焼失。1810(文化7)年に辰巳櫓の改修という名目で東南隅に場所を移して竣工したのが、現在の天守である。丸亀城の天守は、1597(慶長2)年に築城した生駒親正でも1641(寛永18)年に入り城を大改修した山崎家治でもなく、1658(万治元)年に藩主となった京極高和によって1660(万治3)年に建てられた。瓦の四つ目結紋が、京極時代に築かれたことを示している。

丸亀城の天守。続櫓が接続していたため、現在の入り口には装飾がない

 つまり、小さな三重櫓でも天守代用とすれば天守であり、巨大な三重櫓であっても、天守代用としなければ櫓にすぎない。よって、現存する三重櫓のなかには現存天守にひけをとらない必見のものもあるわけだ。

 天守を凌ぐ三重櫓の代表格が、熊本城(熊本市)の宇土櫓だ。3重5階地下1階の巨大な櫓で、現存する天守と比較しても、姫路城、松江城に次ぐ第3位の平面規模を誇る。最上階には廻縁がめぐり、装飾も豪華で天守と見紛うほどだ。

宇土櫓は築400年超ながら、熊本地震でも倒壊は免れた(続櫓は倒壊)。大天守、小天守に次ぐ「第三の天守」とも呼ばれる=※2012年5月撮影。現在、内部見学は不可

 名古屋城に現存する御深井丸の西北隅櫓も、桁行8間、梁間7間の平面規模を誇る三重櫓だ。現存する弘前城や丸亀城、高知城や宇和島城の天守よりも大きい。名古屋城には東南隅櫓と西南隅櫓も現存しており、いずれも二重櫓ではあるが実質は三重櫓で、平面規模もかなりのものだ。

 複数の三重櫓が存在した城は、名古屋城をはじめ大坂城、江戸城、福山城(広島県福山市)、明石城(兵庫県明石市)など徳川幕府系の城を中心に、熊本城や岡山城などの大城郭に限られた。大坂城には12棟もの三重櫓が並び建っていた。

名古屋城西北隅櫓

 このように、見逃せない櫓が全国にはたくさんある。「次に城を訪れたときは櫓も見てみよう」という気になっていただけたのではないだろうか。次回は櫓の種類や名称についてお話ししていこう。

(つづく。次回は6月4日に掲載予定です)

交通・問い合わせ・参考サイト

■津山城
JR「津山」駅より徒歩約10分
http://www.tsuyamakan.jp/tour/detail/?pk=58(津山市観光協会)

■岡山城
JR「岡山」駅から岡電バスまたは両備バス「県庁前」バス停下車、徒歩約5分ほか
http://www.okayama-kanko.net/ujo/index.html
(岡山城公式ホームページ)

■大阪城
大阪メトロ谷町線・中央線「谷町四丁目」駅から徒歩約20分ほか
http://www.osakacastle.net/(大阪城天守閣)

■江戸城
JR・東京メトロ丸ノ内線「東京」駅から徒歩約15分ほか
http://www.kunaicho.go.jp/event/higashigyoen/higashigyoen.html
(宮内庁)

■彦根城
JR「彦根」駅から徒歩約15分
http://www.hikoneshi.com/jp/castle/(国宝・彦根城)

■丸亀城
JR「丸亀」駅から徒歩約10分
http://www.marugame-castle.jp/(丸亀城)

■熊本城
JR「熊本」駅から市電「熊本城・市役所前」電停下車、徒歩約10分
http://kumamoto-guide.jp/kumamoto-castle/(熊本城)

■名古屋城
地下鉄名城線「市役所」駅から徒歩約5分ほか
http://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/(名古屋城公式ウェブサイト)

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PROFILE

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)城郭ライター、編集者

萩原さちこ

小学2年生のとき城に魅了される。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座などをこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。webや雑誌の連載多数。
http://46meg.com/

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