「生きるレシピ」を探す旅 ―志津野雷―

“街全体のレベルを上げる”バスクとの出会い

  • 文・写真・動画 志津野雷
  • 2018年6月11日

前回は旅から得た経験をどう生活に落とし込むかという話を書いた。その中で自分にとって「逗子海岸映画祭」は、自然と向き合いながらボーダーレスに人や文化、生きて行く知恵を共有していく場所だと紹介した。

今回はその映画祭と最初に深く関わることになった地域バスクとの出会いについて書きたい。

サンセバスチャンの風景

バスク地方は、ピレネー山脈を挟みフランスとスペインをまたがるところにある。

出会いのきっかけは、当時バスクを拠点にしていた庄司蔵人という熱き男が、6年くらい前に僕たちの映画館「シネマ・アミーゴ」に遊びに来たことから始まった。

自分は撮影の仕事で日本を離れていたため、彼とは会えずじまいだったが、帰国して戻ると僕たちの映画館で上映してほしいというバスクの映像作品が置いてあった。

正直、“バスクってどこなんだ?”という印象が強くてしばらくその作品を見ることはなかった。ただ、頭の片隅に土地の名前だけは残った。

  

今振り返ると神様の引き合わせかと思うほどだが、その記憶が消えぬ間に、ANA機内誌「翼の王国」の美食特集でバスクへと取材に行くことになる。

初めて訪れた時の印象は、見た目はヨーロッパなので全然違うはずなのだが、生活の空気感が逗子や葉山と似ているなと感じた。

  

サンセバスチャンは“世界一の美食の街”といわれている。魚介のスープ「ソパデペスカード」や立ち飲み屋のカウンターに色鮮やかに並ぶおつまみ「ピンチョス」がおいしくて、ひっくり返りそうなほどの衝撃を受けた。

  

  

 

  

  

  

シドラ(リンゴ酒)が解禁。「チョーチ!」という掛け声で飲みたい人が集まってくる

  

  

  

  

この時はとにかく“うまいものを食らう”がテーマだったので、ひたすら食べ歩き。

そして、サンセバスチャンの街の至る所に存在する、会員制の「美食倶楽部」にたどり着く。レストラン並みの設備があるところで会員同士が料理をし、その腕を競ったりレシピを共有したりしながら食を楽しむのだ。

このバスク特有の文化は、始まった当時は男性限定だった。かつて、漁業が盛んで家を留守にすることが多かったバスクの男性は、家庭内で実権を握る女性の尻に敷かれることが多かったのだという。そんなバスクの男性たちが、“男だけで好きな料理を楽しみたい“という思いを抱くようになりできたのだそうだ。

【動画】「美食倶楽部」に潜入(C)志津野雷

  

そしてのちに知ることになるのだが、サンセバスチャンの料理人たちもまた各自で作り上げてきたレシピを公開し、それを料理人同士で共有している。お互いの技術を高めあうのだ。

  

  

レストランの経営を考えるとレシピは公開しないほうがよさそうだが、仮にひとつだけ名店があったとして、その店がなくなった時には、お客はその土地に行く理由が薄れてしまう。逆にレシピを共有していれば、お客はその店以外でも同程度のクオリティーを持つ料理にありつけるので、またその土地に来てくれる。

“街全体のレベルを上げる”ことにつながる、このバスク人の考え方は非常に興味深い。住人同士の考え方や未来のビジョンが共有されているからこそ、このようなことが出来るのではないか。

  

  

自然や食文化が豊かで歴史も深く、優しくて柔らかいのだが強い芯みたいなものを持つバスクの仲間との出会いにより、この土地の深いところへと入って行くことができた。

  

日本や世界を変えるとはまだ言えないが、まずは自分が生活している小さなエリアからでも少しずつ、より良くするためのきっかけを僕も伝えられたらいいなと思う。

2016年にこの世を離れ、生前「翼の王国」でお世話になり、僕の写真を成長させてくれ、バスクへの架け橋となっていただいた画家・堀越千秋さんに感謝の気持ちを伝えたい。

ミシュラン三ツ星のレストラン、名店「ARZAK」の厨房(ちゅうぼう)にて

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PROFILE

志津野 雷(しづの・らい)

写真家、シネマ・キャラバン主宰、「逗子海岸映画祭」発起人。自然の中に身を置くことをこよなく愛し、写真を通して本質を探り、人とコミュニケーションをはかる旅を続ける。ANA機内誌『翼の王国』や、ロンハーマンなどの広告撮影を中心に活動。2016年初の写真集「ON THE WATER」を発売。

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