城旅へようこそ

途中下車で気軽にめぐれる 駅近の城(1)

  • 文・写真 城郭ライター 萩原さちこ
  • 2018年6月11日

三原城の天守台

 天候が不安定なこの季節は、城をめぐろうにも計画が立てにくい。雨の中を歩きまわるかもしれないと考えると、二の足を踏んでしまいがちだ。そこで今回は、雨が降ってもあまりぬれずに済み、しかも見応えのある駅近の城をご紹介しよう。

 日本で一二を争う駅近の城といえば、三原城(広島県三原市)だ。この城、駅近というより駅ナカの城。なぜなら、JRの線路が三原城の本丸を貫通しており、本丸の上に三原駅がつくられているからだ。新幹線を降りれば、そこは城内。三原城の天守台は駅の屋上広場のような存在で、駅構内には天守台入り口を示す案内表示もある。

 「線路に破壊された残念な城」とがっかりするかもしれないが、天守台の周りを1周すれば、その思いは払拭(ふっしょく)されるはずだ。幅約30メートルの内堀に囲まれた天守台は、高さ約15メートルにも及ぶ。ガード下の通路にも石垣が延々と続いていて、駅の周辺だけでも思いのほか石垣を堪能できる。まさに、城と駅との共存といった印象でおもしろい。

 現在見られる石垣は、三原城と城下町を再開発した小早川隆景が、1595(文禄4)年から1597(慶長2)年頃に築いたものと思われる。西面と東面の石垣の積み方が異なるのは、西面が小早川時代、東面が後に城を改修した福島時代のものと考えられるからだ。西面の石垣が小早川時代の石垣であれば、水堀から直接積み上がる石垣としては最古級。三原城は、小早川氏と福島氏、そしてその後に城主となった浅野氏と、それぞれの技術が見られる貴重な城でもある。

三原駅は三原城の石垣の上に乗るようにつくられている

ガード下にも立派な石垣が残る

駅構内の案内表示

 福山城(広島県福山市)も、駅近の城だ。江戸時代から現存する伏見櫓(やぐら)のベスト撮影スポットは、なんと新幹線上り線のホーム。それほど、福山城と福山駅は至近距離にある。それは、福山駅や線路が、かつて福山城の二之丸と三之丸の間にあった内堀跡に設けられているからだ。

 かつての内堀は北側を除く三方にめぐらされていた。その南面が、福山駅と福山城公園の間あたりというわけだ。内堀の南側、つまり福山駅南口を出たところがかつての三之丸にあたる。ガード下を西側に歩いていくと、ひっそりと三之丸西御門(にしごもん)の櫓台の一部も残っている。西御門枡形(ますがた)の南側にあった櫓台で、この西側が外堀にあたる。

 残念ながら、内堀と外堀は明治時代から徐々に埋め立てられてしまい、現在は部分的に石垣が残るのみだ。しかし、断片的に残る石垣をたどることで、二重の堀に囲まれた城の範囲が推定できる。福山駅南口では、舟が瀬戸内海の入り江から水路を通り城の敷地内に着岸できる「舟入」の遺構も発見されている。

内堀跡を利用して線路が築かれている。左の建物は伏見櫓

三之丸西御門の櫓台

 まさに城の中にあることが感じられる駅が、高松琴平電気鉄道(通称:ことでん)の高松築港駅だ。ここは高松城(高松市)の本丸と二の丸の西側に位置し、それらの石垣がホームに迫っている。城の石垣が、駅の壁のように存在しているのだ。高松築港駅は、高松市民にとっては通勤や通学に使うおなじみの駅。人々が石垣に寄りかかって電車の到着を待つ姿は、なんともおもしろい光景だ。

 この場所にはちょうど本丸と二の丸を囲む内堀があり、ホームに迫った石垣は、改札寄りが二の丸で、反対側が本丸。その中間には内堀が一部残り、本丸と二の丸に架かる鞘橋(さやばし)が復元されている。

 かつての高松城は、外堀・中堀・内堀の三重の堀に囲まれていた。現在は内堀と中堀の一部だけが残るのみだが、周囲を歩けば地割(じわり)に外堀の名残を見ることができる。北側は瀬戸内海に面して開けた海城でもあり、現在でも内堀と中堀には水門を通じて海水が引き込まれている。潮の干満によって水位が上下し、堀にはタイが悠々と泳ぐ姿が見られる珍しい城だ。

 1676(延宝4)年頃に北の丸に建造された水手御門は海に向かって開いた門で、藩主はここから小舟に乗り、御座船に乗り換えて参勤交代に出かけたという。隣接する月見櫓は本来「着見櫓」が名の由来で、北の丸の最北端で船の到着を見る櫓だったとか。水手御門の南に建てられた渡櫓とともに、江戸時代から現存する貴重な建造物だ。

高松築港駅のホーム。内堀をはさんで左が二の丸、右が本丸の石垣

 一風変わった駅近の城が、小諸城(長野県小諸市)だ。小諸城は小諸火砕流の堆積地(たいせきち)が千曲川の浸食によって河岸段丘化した、起伏の激しい田切地形に築かれている。そのため、城下町よりも主郭部の標高が100メートル近く低いところにあり、「穴城」とも呼ばれる。

 三之門前のガクンと下がっているところが、ちょうど開析谷(かいせきこく)の谷底にあたる。その東側をしなの鉄道が南北に走り、線路によって城が分断される形になっている。だから、しなの鉄道の線路越しに本丸や二の丸などの中心部を見ると、三之門が半分隠れ、城が一瞬消えたようにも見える。線路や駅を基軸に、城が築かれた地形を感じるのも楽しい。

 線路によって分断されているため、大手門は小諸駅の西側ではなく東側にある。線路をはさんで城の中心部とは反対側になることから見落としがちなのだが、大手門は1612(慶長17)年に仙石秀久が創建した当時の姿を残す建造物。忘れずに鑑賞しよう。

小諸城の大手門。当時としては珍しい瓦ぶきの門であるため「瓦門」ともいわれる。2004年からの修理工事により、仙石秀久が創建した当時の姿によみがえった

(つづく。次回は6月18日に掲載予定です)


交通・問い合わせ・参考サイト

■三原城
JR「三原」駅構内からすぐ
http://www.city.mihara.hiroshima.jp/site/450nen/aboutmiharacastle.html
(三原市)

■福山城
JR「福山」駅より徒歩5分
http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/fukuyamajo/
(福山城博物館)

■高松城
JR「高松」駅より徒歩約5分ほか
http://www.takamatsujyo.com/(高松城跡【玉藻公園】公式ウェブサイト)

■小諸城
しなの鉄道・JR小海線「小諸」駅より東西自由通路を渡りすぐ
http://www.kanko.komoro.org/midokoro/kaikoen.html
(小諸市観光協会)

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PROFILE

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)城郭ライター、編集者

萩原さちこ

小学2年生のとき城に魅了される。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座などをこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。webや雑誌の連載多数。
http://46meg.com/

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