いつかの旅

連載エッセー「いつかの旅」 (2)戻らない旅

  • 文・千早茜 写真・津久井珠美
  • 2018年6月28日

  

 私は日本で生まれたが、小学校の大半をアフリカのザンビアという国で過ごしている。赤道の少し下にあるクジラのかたちをした国だ。

 父親に仕事で行くことになったと告げられたのは小学一年生の頃だった。まだ一学期も終わっていないのに、すっかり学校に嫌気がさしていた私は狂喜した。動物番組が大好きだったのでアフリカは憧れの土地だったのだ。地球儀をくるくるまわして眠れなくなった。

 翌日、級友たちに告げると悲しまれた。なぜ悲しむのか、まるでわからなかった。友人と離れることよりも好奇心が勝っていたし、子どもだった私はアフリカに行くといってもちょっとした旅のつもりだったのだろう。その証拠に「また戻ってくるから」と言っていたそうだ。

 ザンビアではアメリカンスクールに通うからと英語を習わせられ、アフリカにある黄熱病をはじめとした数々の感染症予防のために病院に連れていかれ、鈍い私もようやく「なにかがおかしい」と気付いた。注射が大嫌いだったということもある。学校での予防接種が嫌で逃亡して家に帰ってしまった過去があった私は病院中を全速力で逃げまわった。

 父が追いかけてきて、ついに私は壁際に追い詰められた。「注射は嫌!」と泣き叫ぶ私に父は言った。「わかった。じゃあ、日本に残っておばあちゃんのところで暮らすか、注射を受けて家族とアフリカに行くか、選びなさい」と。

  

 涙を流しながら悩んだ。そして、「行く」と覚悟を決めた。決めてしまうと強かった。注射も泣かずに受けた。なぜか、なにも抵抗しなかった妹が尻に注射を打たれて大泣きしていた。

 父に選択を迫られたとき、「これは旅行ではない」と悟ったのだと思う。楽しい旅行に覚悟はいらない。旅行は行って戻ってくるものだから。もしかしたら戻れないのかもしれないと私は思った。だから、家族と一緒にいることを選んだ。

 ザンビアには四年半いた。マラリアにかかったり、サファリで遭難しかかったり、家に強盗が入ったりと、危ないこともあった。けれど、二度とは体験できない鮮烈な日々を過ごした。日本に戻ってくるとき、離陸する飛行機の窓に顔を押しつけて泣いた。もう戻ってこられない、とわかったから。日本を発つときには知らなかった土地への情や愛着を、私はアフリカに教えられた。

 ときどき死んでしまった生き物のことを「旅にでた」と言う人がいるが、私はあまり好まない。個人で思うのは自由だけど、子どもにそう教えるのは違う気がする。旅にでたものは戻ってくる。戻るつもりで行く。けれど、戻ってこないと知っているからこそ芽生える感情もある。子どもだって覚悟は決められるし、戻らないものがあることをちゃんと知っている。

  

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PROFILE

千早 茜(ちはや・あかね)作家

1979年北海道生まれ。幼少期をアフリカのザンビアで過ごす。立命館大学卒業。2008年、小説すばる新人賞を受けた「魚神(いおがみ)」でデビュー。同作は2009年の泉鏡花文学賞を受賞。2013年、「あとかた」で島清恋愛文学賞。「男ともだち」(2014年)が直木賞候補作に。著書はほかに「クローゼット」など。最新刊「正しい女たち」が6月10日に刊行された。

津久井 珠美(つくい・たまみ)写真家

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

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