楽園ビーチ探訪

芸術家が愛したバカンスの地 フランス・ニース

  • 古関千恵子
  • 2018年7月12日

旧市街寄りの公共の海水浴場は混雑ぎみ。砂ではなく小さな玉石のビーチです

「毎朝この光を目にするのだと気づいた時、私は自分の幸福が信じられなかった」

晩年をニースで過ごした画家アンリ・マティスの言葉だとされています。初夏の太陽光にキラキラと輝くニースの海を前にすれば、誰もがこの、うれしくてたまらない気持ちを理解できるでしょう。

ニースのアイコン的存在のホテル「ル・ネグレスコ」

地中海性気候により、冬でも温暖なニース。それに目を付けたのはイギリス人でした。19世紀、ビーチ沿いに遊歩道“プロムナード・デザングレ(英国人の遊歩道)”を造り、海が暮らしの近くにある環境を整えました。やがて芸術家や貴族たちがこぞって訪れるように。マティスやシャガール、チェーホフなど、画家や作家たちはこの光あふれる海辺の街から名作を生みだし、貴族たちはひと冬を過ごす豪華な別荘を競って建てました。19世紀末から第1次世界大戦前にかけた、“ベル・エポック(良き時代)”と呼ばれた頃に建造された別荘の中には、今でもホテルとして使われているところがあります。

ビーチを縁取るように約3.5キロ続く遊歩道、プロムナード・デザングレ

ニース・コートダジュール空港のすぐ近くから約7キロ続くニースのビーチは、看板の表示によると25カ所の公共の海水浴場があります。夏のシーズン時にはネイビーや白のパラソルとソファやテーブルを並べたビーチクラブがお目見えし、ここで海を満喫するのがニース流なのだとか。プロムナード・デザングレからビーチクラブを見下ろすと、午後の早い時間から白ワインを飲みつつピザを囲んでいるファミリーの姿が。ビールと焼きそばではなく、ワインとピザ。なぜか、おしゃれに見えるから不思議です。

ビーチクラブでくつろぐのが「ニース流」海の楽しみ方

1860年、サルデーニャ王国からフランスへ割譲されたニース。そのため、あちこちに華やかなイタリア文化の影響が見られます。特にビーチの東寄りの旧市街の周辺は、マスタード色や、くすんだピンク色の壁の家など、南イタリアのような雰囲気。そして内陸に入ると、細い小道が迷路のように入り組んでいます。道の両脇にはレストランやカフェ、ブティックなどがずらりと軒を連ねています。そんな中、ジェノバ風の宮殿のラスカリ宮や、バロック様式のミゼリコルド礼拝堂も周囲に溶け込み、うっかりすると見過ごしそう。ひょっとしたらこの道をマティスやシャガールも歩いたのかもと思うと、わくわくしてきます。

旧市街の迷路のように入り組んだ小道。迷子になっても、楽しい気分

また、旧市街のサレヤ広場では毎朝マルシェ(市場)が開かれます。野菜やフルーツと並んで多いのが、花屋さん。フランスパンを抱えながら、真っ赤なデイジーやピンクのユリの花をアレンジした花束や鉢植えなどを見繕っている人の姿を見て、身近に花のある暮らしにあこがれてしまいます。

サレヤ広場で毎朝開かれるマルシェ。男性も女性も日々、当たり前のように花束を買っていきます

展望台から眺めたニース市街。オレンジ色の瓦屋根がびっしり!

朝や夕方、プロムナード・デザングレを散歩していると、犬を連れた地元の人たちと多くすれ違います。きれいにトリミングされた犬ばかりなのに気づき、またもや「おしゃれだなぁ」と感心。ベンチに座って紺碧(こんぺき)の海を眺めていると、小さな丸石の浜からシャワシャワと石を洗う波の音が届きます。カモメが飛び交う空を見上げると、空港へ向かって着陸態勢の飛行機が横切っていきます。きっとニースでのバカンスに胸膨らませた人々を満載していることでしょう。

ニース・コートダジュール空港のすぐそばで

【取材協力】
フランス観光開発機構
http://jp.france.fr/

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PROFILE

古関千恵子(こせき・ちえこ)ビーチライター

リゾートやカルチャー、エコなどを切り口に、国内外の海にフォーカスした読み物や情報を発信する自称「ビーチライター」。ダイビング雑誌の編集者を経てフリーとなり、“仕事でビーチへ、締め切り明けもビーチへ”を繰りかえすこと四半世紀以上。『世界のビーチ BEST100』(ダイヤモンド・ビッグ社)の企画・執筆、『奇跡のリゾート 星のや 竹富島』(河出書房新社)の共著のほか、ファッション誌(『Safari』『ELLE Japon』など)やウェブサイトに寄稿。http://www.world-beach-guide.com/では、日々ニュースを発信中。

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