里山でアートをめぐる 「越後妻有アートトリエンナーレ」2018年の見どころは?

  • 2018年8月8日

レアンドロ・エルリッヒの新作(越後妻有里山現代美術館[キナーレ])

 関東の6月中の梅雨明けは観測史上初だという。かと思えば西日本では豪雨が大きな被害をもたらして、痛ましいニュースが続く。何事もなかったかのように晴れわたり、肌を焼くじりじりとした熱を送り続ける空を恨めしく見上げながら、上野駅から新幹線に乗り込んだ。都心を離れるにつれ、空はより青く広く、その下を縁どる緑はより濃く、かさを増していく。

 旅の目的は、2000年の初回開催以来、今年が7回目となる『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018』。新潟県南部、十日町市と津南町を含む760平方キロメートルのエリアに約380点のアート作品が点在する芸術祭だ。都心からのアクセスが比較的よいことや、アートを取り巻く自然の美しさも手伝って、回を重ねるごとに認知度を増してきたこのトリエンナーレ、強みであり弱みともいえるのが、エリアが広大で見る場所が多岐にわたること。循環バスや路線バス、レンタサイクルなどを上手に使えば過不足なく回れるとはいえ、どうしたって効率は劣る。限られた時間を有効に使うならば、レンタカーかマイカーが必要だった。

便利な日帰りバスツアーが登場

 今年から、その状況が大きく変わりそうだ。上越新幹線の止まる越後湯沢駅発着(8~9月の週末は上越妙高駅発着もあり)で、ガイド&昼食つきの日帰りバスツアーが始まったのだ。

 コースは、信濃川の河岸段丘近辺を回る『シャケ川のぼりコース』と、里山の景色の中を走る『カモシカぴょんぴょんコース』の2つ。どちらにも今年初お披露目の新作や、長く人気を誇る大作が含まれていて迷うが、今回は『カモシカぴょんぴょんコース』を選んで出発する。

 バスが走り出して5分もしないうちに、駅前の街の景色は車窓の後ろに流れ去り、緑の山々の景色へ移り変わっていった。山の奥へ奥へと入っていく道路のところどころがスノーシェッドと呼ばれる雪よけに覆われているのは、冬には2メートル以上雪が積もることも珍しくない豪雪地帯のこの辺りならでは。高度が上がるにつれ、窓から入る空気も涼やかになっていく。

「清津峡渓谷トンネル」が、驚きの空間に

 最初に訪れるのは、山を分け入った奥にある清津峡の清冽(せいれつ)な流れを見学できる「清津峡渓谷トンネル」をリノベーションしたプロジェクト《ライトケーブ》とエントランス施設《ペリスコープ》。設計を手がけたMADアーキテクツは、世界各地で高層タワーや文化施設などを完成させ、最近めきめきと台頭してきた中国人建築家マ・ヤンソン率いる建築集団だ。

マ・ヤンソン/MADアーキテクツ《ペリスコープ/ライトケーブ》 photo:Osamu Nakamura

マ・ヤンソン/MADアーキテクツ《ペリスコープ/ライトケーブ》

 実はこの作品、私にとっては『カモシカコース』を選んだ理由の大きな一つ。今をときめくスターアーキテクトの世界観を味わえる最新作、しかもトンネルのリノベという変わった与件も面白い。

 そもそも清津峡渓谷は、黒部峡谷、大杉谷に並んで日本三大峡谷のひとつに数えられる景勝地。はるか昔の地形変動を刻んだ柱状節理が美しいV字の岸壁、そのはざまをごうごうと流れていく清津川。もとのトンネルも、この荘厳な地形を味わうために作られたものだ。見学者は、全長750メートルのトンネルを往復しながら、ところどころに設置された見晴らし台から岸壁や川の流れを見ることができる。迫力ある地形はそれだけで見応えがあるのだが、老朽化などで入場者が頭打ちの状態にあったという。

 MADアーキテクツは、元の躯体(くたい)にはほとんど手を入れることなく、このトンネルを新鮮な驚きと感動をはらんだ空間に変貌(へんぼう)させている。あえて明るさを抑えたトンネルを最後まで進めばそれは分かる。峡谷に向かって突き出したような形のトンネルの端っこに、水盤が用意されているのだ。トンネルの半円が水面に写り込んできれいな円を描き、峡谷の美しい景色も水面に揺れる。

 トンネルを歩いてきてこの光景に出会ったら、言葉も年齢も性別も関係なく、誰しも「わあっ」と感嘆の声を上げるだろう。この場所の美しい自然と、アーティストの創造力とが上手に結びついた“サイトスペシフィック(site specific)”なアートワークだ。

場所にふさわしい作品

 コースはこの後も、里山ののどかな景色を縫いながら続いていく。

 トリエンナーレ初回から、かつての信濃川の流れや地形の変動の痕跡などを作品に表現してきた磯辺行久の作品群、古民家の床・壁・天井など隅々に至るまでを彫刻刀で彫ることで、使われなくなっていた空き家を魔物的吸引力を持つ作品に生まれ変わらせた、鞍掛純一+日本大学芸術学部による《脱皮する家》、金氏徹平、ムニール・ファトゥミら国内外の人気作家の作品が競演する松代商店街……。

磯辺行久《サイフォン導水のモニュメント》 撮影:木奥惠三

鞍掛純一+日本大学芸術学部《脱皮する家》

金氏徹平《SF (Summer Fiction)》 撮影:木奥惠三

ムニール・ファトゥミ《カサバラタ》 撮影:木奥惠三

 これら作品も、“サイトスペシフィック”であること、つまりそれぞれの場所ならではの作品であること、が共通しているように思う。『越後妻有アートトリエンナーレ』の作品群を読み解くうえで、これが欠かせないキーワードだ。

 では、美術館やギャラリーなどのホワイトキューブではなく、町の中、自然の中に置かれることの意味はどこにあるのか。

 おそらく、優れたサイトスペシフィック・アートは、それぞれの“サイト”、場所をさらによく見せてくれるものなのだと思う。アーティストの視点を通じて、当たり前すぎて今まで見過ごしていた美しさに気づかされたり、場所の持つ歴史について理解が深まったり……。遠くから訪れる私たちにとっては、新しい土地を体験するとてもいい手がかりになってくれるし、地元の人にとっては町の誇りになる。

 磯辺の作品を始め、地元の住民が参加してワークショップ形式などで創作の一端を担うケースも少なくないそう。作品を訪れる観光客に、近所のおじちゃん、おばちゃんがアーティストになりかわって説明をしていることもある、と事務局の方からも聞いた。地元に理解され、愛されるアート。なんとも心温まる光景だ。

地元住民が磯辺行久の作品設置に参加した photo:Osamu Nakamura

棚田など風景も見学コースに

 ところで、『カモシカぴょんぴょんコース』には美しい棚田や、崖崩れをせき止めるために置かれた巨大な鉄の建造物など、作家による作品とは異なる、土地に独特の風景や土木構造の見学も組み込まれているのは興味深い。

 実際に、時間をかけて斜面に人の手で墾いていった田んぼが、魚のウロコのように重なりながら広がる景色はとても美しいし、土砂を止めるという機能だけを優先した鉄の塊は、それだけで圧倒的な迫力がある。美しく、感動を呼ぶのだから、これらだって“アート”と呼べるのではないか……? “アート”ってなんなんだろう? 里山に囲まれて一日を過ごすうちにすっかりほぐれた頭と心で、そんなことまで考えさせられる。

星峠の棚田

ミシュラン星付きシェフ監修によるスペシャルランチ

 2つのオフィシャルコースは、共に趣向を凝らしたランチもつき、見どころもみっちり。全行程ガイドさんも同行だから、夕方までなんの心配もなく過ごすことができる。出発駅まで戻って解散でも十分に満足度は高いけれど、時間に余裕のある方には、ぜひとも十日町駅で解散のオプションを選び、一泊してせめてもう半日過ごすことを薦めたい。

 芸術祭の中核を担う原広司設計の〈越後妻有里山現代美術館[キナーレ]〉は常設展も見応えがあるし、キナーレの徒歩圏内には、他にも見どころが少なくない。なかでも、誰もが教科書で見たことのある国宝《火焔(かえん)型土器》を収蔵する〈十日町市博物館〉と、映画『図書館戦争』のロケ地ともなった内藤廣設計の〈十日町情報館〉は必見。近場にいくつかある日帰り湯にでも入れば、言うことなしの休日になるはずだ。

 暑すぎる夏から、忙しすぎる仕事から離れた、自然とアートに身を浸すぜいたくな時間は、案外すぐそばにある。
(取材・文/阿久根佐和子 写真提供/大地の芸術祭実行委員会)

    ◇

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018
会期:2018年7月29日(日)~9月17日(月・祝)
開催地:越後妻有地域(新潟県十日町市、津南町)760平方キロメートル
http://www.echigo-tsumari.jp/

■新潟県のポータルサイト「新潟のつかいかた」 巡りかた・食しかた・買いかた・暮らしかたは、こちら

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