いつかの旅

連載エッセー「いつかの旅」 (5)鳥街

  • 文・千早茜 写真・津久井珠美
  • 2018年8月9日

  

 ときどき鳥街にいる。

 それは移動中の電車に乗っているときだったり、人混みの中を歩いているときだったり、騒がしい店で飲んでいるときだったりと、ぼんやりした瞬間が多い。先日は炎天下の交差点で信号待ちをしているときだった。

 ふっと周囲の音が消え、鳥たちのさざめきが降ってくる。強い日差しが道を白く染め、道の両側には四角いケージが積みあがっている。中には太ったガチョウや鶏。顔をあげると、軒下は無数の鳥籠で覆われ、中で色とりどりの小鳥が羽ばたいている。鳥でひしめく街にひとり、私は立っている。青いオウムが私を見つめてなにか叫ぶ。

 鳥街は、友人と台湾に旅行した際、誤って地図を逆さまに読んでしまいたどり着いた街だ。最初は閑散とした商店街だと思った。しかし突然、鋭いくちばしの鳥が目に入った。大きい。タカなのかワシなのかはわからない。けれど、猛禽類(もうきんるい)であることは疑いようもない剣呑(けんのん)な雰囲気の鳥が、道のすみっこから突きでたT字形の棒にとまっていた。黄色い眼(め)が私たちを見た。刃物のようなかぎ爪のがっしりした脚には鎖がついていた。

  

 そのとき、私が思いだしたのは母の夢の話だった。母には小さい頃から見る夢があるという。それは虎の夢で、例えば家に帰ってくると玄関に虎がいる。またある日は起きてふすまを開けると虎がいる。日常のなんでもない景色の中に虎がでんと居座っているそうだ。

 虎はなにもしない。ごろりと寝そべっている。けれど、母は恐怖で硬直する。そんな母を虎は黄色い眼で見つめる、というそれだけの夢。はじめて聞いたとき、虎の眼と美しい毛並みが見えた気がした。異国で猛禽類の刺すような視線を感じながら、自分はいま夢の中にいるのではないかと思った。

 ふらふらと引き寄せられるようにして街に入っていくと、大きなオウムたちがいた。つながれた止まり木にくちばしでぶら下がったり、逆立ちをするようにぐるんぐるん回ったりと活発だった。もっと進むとカラフルなインコの店が並び、そこからはずっと鳥の店ばかりだった。家禽の店もあった。天井は竹細工の鳥籠で埋め尽くされ、その下で男たちが茶を飲みながら盤上のゲームに興じていた。観光客は生き物を買わないと知っているのか、私たちには無関心だ。

 鳥の声がすごい。四方八方から人間の声帯ではだせない音がわんわんと押し寄せてくる。騒音といってもいいはずなのに、不思議と心地良かった。なんだか、ふわふわした気分になって私たちはしばらく鳥街の中をさまよった。

 台湾旅行はとても楽しかった。おいしいものもたくさん食べた。他にも思い出があるのに、頻繁に鳥街が頭をよぎる。いつもの日常の中で、ふっと鳥街はやってくる。騒々しい安らぎに包まれる。そんなときの自分は鳥の眼をしているような気がする。

  

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PROFILE

千早 茜(ちはや・あかね)作家

1979年北海道生まれ。幼少期をアフリカのザンビアで過ごす。立命館大学卒業。2008年、小説すばる新人賞を受けた「魚神(いおがみ)」でデビュー。同作は2009年の泉鏡花文学賞を受賞。2013年、「あとかた」で島清恋愛文学賞。「男ともだち」(2014年)が直木賞候補作に。著書はほかに「クローゼット」など。最新刊「正しい女たち」が6月10日に刊行された。

津久井 珠美(つくい・たまみ)写真家

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

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