あの街の素顔

オーケストラすら「客席飲み物OK」 ニューヨークの劇場に持ち込み旋風

  • 文・写真 塩谷陽子(ジャパン・ソサエティー芸術監督、在ニューヨーク)
  • 2018年9月27日

ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏会場で。右端の看板に、ホール内へ持ち込めるとある

ニューヨークといえばブロードウェー!という方々へ。観劇と共に幕あいのワインも体験しようと、ロビーのバーの長蛇の列についたはいいが、ようやく買えたと思ったらもう2幕目開始のブザーが……。「飲むひまないよ〜」

そんな心配はご無用です。近年ではブロードウェー劇場のほとんどが、「どーぞどーぞ、飲み物を持ったまま客席に戻ってくださっていいんですよ〜」と大いに奨励してくれるから。

ミュージカルを上演するリチャード・ロジャーズ劇場の持ち込み用カップ

注文した冷たい飲み物は、厚手のプラスチックカップに注がれる。出し物のロゴが印刷されたこの容器は、スクリュー式だったりパッチンとはめ込み式だったりのフタ付きで、うっかり落としても中身はこぼれない。飲み物の代金にこの「Souvenir Cup(お土産容器)」代金を乗せて高額でドリンクを販売するのが、今やブロードウェー商法の常識なのだ。

ロングランをやっている商業劇場のお客の大半は、「ハレ」の時間を過ごす観光客。財布のひもは緩いから、高額ドリンクもなんのその。旅の記念にもなるカップに加えて、ドリンクを手に映画館並みのカジュアル鑑賞ができるのだから、観客は大いにハッピーとなるわけだ。

演劇版「ハリー・ポッター」の会場で。「お土産用」でない紙カップすら持ち込める

「飲み物をいちいち口に運ぶ人が隣に座るのでは気が散ってしかたがない」などと嘆く筆者のような人間は、どうやら絶滅危惧種となりつつあるようで、この「客席ドリンクOK」制度はエスカレートする一方のニューヨークである。例えばこの初夏、ロンドンからやって来た超話題作、演劇版「ハリー・ポッター」を見に行って、驚いた。普通の紙コップのコーヒーですら「座席持ち込み・どーぞどーぞ」なのである。床にこぼしたらどうするのだ? 隣の客にひっかけてやけどさせたらどうなるんだ? クリーニング代金や訴訟コストを見込んで、近頃のブロードウェーは軒並みチケット価格がうなぎのぼりなのか?……と、ついばかばかしくも小市民的なことを考えてしまった。

ダンスシアター「ニューヨーク・ライブアーツ」で。容器を買えば劇場に飲み物を持ち込める、とある

一方、「商業劇場には興味がない。ニューヨークに行くなら実験演劇や最先端のコンテンポラリー・ダンスをやっている劇場に行くのだ!」という観劇硬派の方々へ。残念ながら(?)そういう劇場までもが続々と「客席ドリンクOK」システムを導入していることを警告しておきたい。

この6月に、ダンス専門のジョイス・シアターから送られてきたE-ニュースレターには、「新おみやげカップ登場。劇場内でのお飲み物をお楽しみください」と見出しのついたお知らせがうれしげに掲載されていた。実験劇場の「NY Live Arts」では、「3ドルのフタ付きカップを買えば劇場内でドリンク可」の掲示がこの夏に登場した。

リンカーンセンターのディビッド・ゲフィン・ホールに常駐する名門交響楽団、ニューヨーク・フィルハーモニックまでもが、この波に便乗している。万が一こぼしてもシミになりにくい白ワインやビール、プロセッコ等々に限って、お土産カップでドリンクを客席に持ち込める。カップ付きワインが15ドル。飲み干したあとのおかわり代……つまり“中身のみ”なら、10ドルだ。

ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏会場に白ワインを持ち込んでみた

「ブルータス、お前もか」とショックを受けつつも、何事も経験……と白ワインを購入し、エサペッカ・サロネン指揮のコンサートに臨んだ。しかしながら緊張感あふれる演奏の中、ワインを口に運びたくなる緩みの瞬間などまったく無く、右手に抱えたカップは邪魔なだけ。演奏が始まって5分もたたぬうちに、白ワイン入りカップは私の足元に鎮座する結果となった。

そこで思い出したのは12年前、リンカーンセンターにあるもうひとつのコンサートホール、アリス・タリー・ホールで起きた出来事だ。ハリウッド映画の業界向け試写会が特別に同ホールで開催されたその日、上映前のロビーにはシャンパングラスを手にした映画関係者であふれていた。上映時間がきてそのまま客席に入ろうとするお客たちに、従業員らが必死に叫んでいたっけ。「飲み物は持ち込まないでくださ〜い! ここは映画館じゃありませ〜ん!」。古き良き時代の話である。

映画館の風景。劇場やコンサートホールの近未来?

ちなみに、上の写真は、昨今の米国の映画館。ソーダとビールとポップコーン、そして超くつろぎのリクライニング・シートである。映画館に近づく劇場やコンサートホール、近い将来には座席もこんな風になってしまったらどうしよう。

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