いつかの旅

連載エッセー「いつかの旅」 (7)無目的な読書

  • 文・千早茜 写真・津久井珠美
  • 2018年9月6日

  

 京都へと帰る新幹線の中、私のひざの上には買ったばかりの本が四冊ある。二冊は表紙が気になって手に取った小説、一冊はさっきまで茶をしていた東京の友人が話していた雑誌。最後の一冊は若干ハードルの高い料理本。

 仕事でも、プライベートでも、旅先で本を買ってしまうことが多い。その地方の特産物なわけでも、探し求めていた絶版本なわけでもない。全国にありそうな大型書店で、近所でも売っているであろう本を何冊か手に取る。帰路の荷物が重くなってしまうというのに。

 小説家という仕事柄、書くのはもちろん、読むのは日常だ。いつだって未読本が家のそこここに積みあがっている。パソコンやスマホを操るだけで、いまや本は家から一歩も出なくとも手に入るものになった。紙の束は重く、かさばる。旅先で買うより、ネットや近所の本屋で買うほうが楽なのはわかっている。

 ただ、住む街で買うのは「必要な」本ばかりだ。小説のための資料だったり、編集者に勧められた小説だったりする。どの本も興味や目的の方向がはっきりしていて、読みたい本よりは読まなくてはいけない本になりがちだ。仕事となれば、苦行のような顔をして文字を追うこともある。

 けれど、本来、読書とは無目的なものだと思う。未知の海にざばんと飛び込み、溺れたり、魚と戯れたり、ときには痛い思いをしたり、嵐になぶられたり、退屈なベタ凪(なぎ)にぷかぷか浮いたりする。途中で断念することもあれば、かけがえのない出会いになることもある。

  

 そういう冒険めいた読書を小さい頃は難なくできた。しかし、社会人になり、職業作家になって、良くも悪くも失敗のない本選びをしがちになった。それはきっと自分で稼いで生活をすることで、時間というものの有限性を意識するようになったからだろう。

 非日常の旅先では、その意識がすこしばかりゆるむ。ぽっかりと空いた時間で本屋に入り、勝手気ままに棚に手を伸ばす。ケーキ屋で「好きなものを選んでいいよ」と親に言われた子どものようにうきうきした気分になる。

 本を抱えて新幹線のシートに身を沈め、思いのままに表紙をひらく。物語を追うのに疲れると、料理の写真を眺め、雑誌をぱらぱらする。うたた寝をして、車窓を流れていく景色に見とれ、またページをめくる。まっすぐに目的地へと向かう乗り物の中で、どこへ連れていってくれるかわからない文字を読む。もちろん、読まなくたっていい。

 見慣れた駅に着くまでの数時間はとても自由で、旅の最後の豊かな時間を私はゆっくりと楽しむ。

  

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PROFILE

千早 茜(ちはや・あかね)作家

1979年北海道生まれ。幼少期をアフリカのザンビアで過ごす。立命館大学卒業。2008年、小説すばる新人賞を受けた「魚神(いおがみ)」でデビュー。同作は2009年の泉鏡花文学賞を受賞。2013年、「あとかた」で島清恋愛文学賞。「男ともだち」(2014年)が直木賞候補作に。著書はほかに「クローゼット」など。最新刊「正しい女たち」が6月10日に刊行された。

津久井 珠美(つくい・たまみ)写真家

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

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