あの街の素顔

美食の聖地発見!? 岡山県新見市で生産者に会うグルメ旅

  • 文・写真 干川美奈子
  • 2018年9月12日

  

<倉敷・美観地区の今を歩く、岡山の夏旅>

岡山県の北西部に位置する新見(にいみ)市。広島県と鳥取県からもほど近い。観光スポットとしてまっさきにあがるのは鍾乳洞だが、実は「和牛」「キャビア」「ワイン」「果物」が作られている“美食エリア”でもある。おとなの社会見学のようなつもりで、生産者に会いながら新見市の食材の魅力とそのおいしさを探ってみた。

和牛のルーツとされる「千屋牛」って何? 「哲多和牛牧場」へ

塚原さんが牛舎に近づくと、牛たちが寄ってくる

新見の黒毛和牛「千屋牛(ちやぎゅう)」は、「日本最古の蔓牛(つるうし=中国地方で改良された優良牛の系統)」といわれ、和牛のルーツとされている。その根拠は、和牛登録協会の創設者が日本の和牛改良のルーツを調査したところ、岡山県新見市にたどりついたこと、また1834(天保5)年に新見市千屋の太田辰五郎が日本初の和牛のセリ市場を創設したことからだという。

訪ねたのは、新見市哲多町の「哲多和牛牧場」。農場長兼生産部長の塚原浩文さんが迎えてくれた。

「千屋牛には定義があって、『千屋牛の血統を受け継いだ黒毛和種』『新見市内で繁殖・肥育された牛。または岡山県内で生まれて、新見地区で18カ月以上肥育されている牛』『日本食肉格付け協会の格付けで3規格以上のもの』です。うちでは、約1400頭の千屋牛を飼育しています。1日1頭くらいの頻度で生まれて、生後29~30カ月くらいで出荷するのが一般的です。現在、年間で約450頭出荷しています」

この牧場で岡山県内の千屋牛生産の約60%を占める。ということは、ほかの牧場を合わせても、千屋牛の出荷数は年間1000頭に満たないことになる。そもそもの絶対数が少ないため県外まで出回らず、認知度が低いのだろう。

  

生まれて数日の子牛。くつろいでいるところを写真におさめようとそっと近寄ったのだが、牛はビクッとして立ち上がった。怖がらせてしまったようで反省した

「ほかの和牛との大きな違いは、和牛香(わぎゅうこう)といって、肉の香りが強いことです。もともとこの地域では農家が多かったので、各家で農耕用の牛を大切に育てていました。人間用の野菜の残りを牛にやって、牛の堆肥(たいひ)を畑にまいて、畑で採れた野菜を人間が食べる。食物連鎖ですね。その頃の牛は食用にしても和牛香が強いのですが、もっと大きく、霜降りになりやすい肉質にさせるために品種改良を重ねていきました。その結果、国内のブランド和牛は体が大きく霜降り肉になる一方で、和牛香が減ってきたのだと思います。千屋牛も品種改良はしていますが、昔からの系統の牛なので、和牛香が強い。それから脂の質も違って、甘みがあります」

「なるべくそれぞれの牛の顔や特徴を覚えている」と塚原さん。交配する雌牛は穏やかな性格で体つきの大きい雌を選ぶという

塚原さんの牧場では餌にもこだわり、おからを発酵させたものや、米ぬか、米粉、酒かすといった米由来のものや、キノコの菌床を発酵させた培地を使ったものといったエコフィードを食べさせている。

「外国産トウモロコシなどの餌が一般的ですが、餌で肉の香りも変わります。そもそも和牛と謳(うた)っているのに、餌を海外産に頼っていいのかと思い、餌を工夫するようになりました。千屋牛は脂があっさりしていて、冷めてもおいしいと言われます。特にうちの肉は火を通した肉が冷めたときでも脂が完全には固まらず、透明でさらっとしています」

こうした餌の工夫や、牛にストレスの少ない飼育法をすることによって、生まれてくる子牛の平均体重は約30キロから約36キロに増えたという。

哲多和牛牧場の千屋牛が食べられる店舗はホームページで一部公開している。ほか、牧場では通常は見学の受け入れはしていないが、A5ランクの肉やすじ肉を直販している。

「焼肉レストラン千屋牛」でいよいよ実食

いろいろな部位を網で焼いて食べる「千屋牛セット」。ほか、千屋牛のステーキも人気

千屋牛を実際に食べてみようと「焼肉レストラン千屋牛」へ。新見にある「JAあしん」の直営レストランで、A4、A5ランクの千屋牛をリーズナブルな値段で提供している。肉を冷凍しないですぐ提供できるのは、地元ならでは。繊維が崩れずベストな状態で食べられる。

さっと焼いて口に入れる。肉の甘みを感じた

一番人気の「千屋牛セット」(4~5人前8500円)を注文。特選ヒレ、特選ロース、特選カルビ、野菜とサラダがついている。ヒレは地元でも希少なので、このセットと2~3人前のセットでしか食べられないという。一口目は、なにもつけずに焼けた肉を食べてみた。肉の香りがふわっと広がり、やわらかい肉の甘みが口の中を満たす。肉の香りがこれほど味覚を左右するのかと驚いた。脂がいいせいか、胃もたれもなく、箸が進んだ。

新たなA級グルメ、加熱殺菌なしのフレッシュキャビア

従業員の藤原響さん。雨の後で池の水が濁っていたため、チョウザメを引き揚げて見せてくれた

おなかが満たされ、幸せな気分のまま次に向かったのは、チョウザメの養殖とその卵から国産キャビアを製造・販売する「MSファーム」(新見市唐松)だ。

「現在約12000匹のチョウザメを養殖し、年間で60~80キロのキャビアを生産しています」と説明してくれたのは、業務管理部長の立花誠至さんだ。

チョウザメの背中に並ぶウロコ。これが羽を広げているチョウのように見えること、形状がサメに似ていることからチョウザメというらしい

国産のメリットや味の違いを聞くと「魚卵そのものの味を感じられることです。輸入品は日持ちなどの関係上、塩分を8~10%は入れています。我々が作るキャビアは、塩分3.5%と5%の2種類としょうゆ味です。防腐剤無添加で加熱殺菌もせず低塩分のため、ねっとりしていて優しい味わいです」。

キャビアはクラッカーなどの上にちょっとのせて、味よりプチプチした食感を味わうものと思っていたが、それは塩分濃度が高いからなのだという。

養殖場で、従業員の藤原響(ふじわらひびき)さんが養殖中のチョウザメを見せてくれた。この養殖場での最高齢が18年。10センチメートルの稚魚が約1メートルの成魚になるという。

購入した塩分3.5%のキャビアを自宅で試食。いくらのようなねっとりした食感で、クリーミーな魚卵のコクが感じられた

「約10キログラムのチョウザメから、約1キログラムの魚卵が採れます。現在キャビアとして生産できているのは、まだベステル種のみなのですが、そのほかの種類も養殖しています。ベステル種はもりっと背びれ部分の肉が上がり、シベリア種は成魚になるほど鼻が伸びてスマートな印象、ロシアチョウザメは形状がゴツゴツしているんですよ」

地元出身で、入社して1年半という藤原さんは、ここが漁業組合が運営する釣り堀だった頃から遊びに来て、アユ釣りやマス釣りを楽しんでいたという。同養殖場では、藤原さんのように魚好きの従業員や、チョウザメや養殖の研究をしていた従業員などが従事していると聞き、哲多和牛牧場同様、生き物への愛情を感じた。

卵は秋から春先にかけて収穫し、その後味付けをして瓶詰めする。10グラム瓶で6480円、30グラム瓶で1万6200円。県内ではANAクラウンプラザホテルやホテルグランヴィア岡山内の飲食店で提供があるほか、ふるさと納税のお礼品としても人気だという。養殖場は見学ができ、入場料は中学生以上300円(正月のみ休み)。

石灰岩質の土壌で育ったぶどうがワインに

創業者の高橋竜太さんは経営管理やプロモーション担当。ぶどう畑の責任者である大福貴史さんとワインぶどうの栽培兼醸造責任者の片寄広朝さんの3人が中心となっている

2016年に哲多町に誕生したワイナリー「domaine tetta(ドメーヌ・テッタ)」。家業の建設業に従事していた高橋竜太さんが、地元で耕作放棄地になっている食用ぶどう農園を壊してしまうのはもったいないと、ぶどう栽培のプロやワインの専門家などのスタッフを集め、2009年からワイン用のぶどうの栽培をスタートしてワイナリーとして開業した。

「この地域の土壌は、フランスや北イタリアといったワイン生産地と同じ石灰岩質。水はけがよく、ミネラル分が豊富です。さらに哲多町は大半が標高400~600メートルの台地の上にあり、年間の日照時間が長い。朝晩の寒暖差が激しいのですが、土も気候もワイン用のぶどうづくりに適していたんです」(高橋さん 以下同)。

足を延ばしてくれたお客様に、ワインや食事でゆっくりしてもらいたいと、カフェではワインに合うランチやスイーツなどを提供する

現在約7ヘクタールの畑で、数種類のぶどうを栽培し、醸造、熟成、瓶詰めを行い、年間で約2万5000本製造している。

「2016年と17年の2回、ワインを発売しました。今のところ、減農薬でぶどうを栽培し、醸造はぶどうのポテンシャルを信じて野生酵母で、亜硫酸塩の添加はなるべく少なくしています。新見市の主産業である石灰業で用いられてきた石灰岩採掘トンネルをワインカーブにして熟成、貯蔵しています。ぶどうづくりは天候に大きく左右されます。今年は災害もありましたし、今後は水をたくさん吸ったぶどうがどう育つかも見ていかなければなりません」

  

カフェからはワイナリーが、バルコニーからは畑が眺められる。ワイナリーの稼働は9月ころから

スタイリッシュなデザインのワイナリーは、インテリアデザイナー・片山正通さんが率いるWonderwallが設計し、併設するカフェの大きな窓からワイナリーを見下ろすことができる。カフェでは自家栽培する無農薬野菜や近隣でとれた食材を用い、ワインと一緒に楽しめるサンドイッチやハンバーグ、スイーツなどを提供しているそうだ。

かわいらしいイラストが入ったラベルは、ポルトガル人クリエーターのウェイステッド・リタさんが描き、アートディレクターの平林奈緒美さんがデザインしたもの。品種によって絵柄が変わる

「フレンチやイタリアンも、かつてのバターをたっぷり使ったこってりしたものより、あっさりした料理が増えてきたと思いますから、日本ワインは食事にも合うと思います。日本ワインの良さは、生産者の顔や畑を気軽に見に行けるところです。ぜひここにも足を延ばしてほしいですね」

ぶどうの収穫は9月ころから。手摘み収穫のボランティアも募集する


デザートは時間制限なし、太っ腹の果物狩りへ

夢中で桃選び。桃の種類も豊富なので、どの木にしようか悩むのも楽しい

最後に向かったのは「大原観光果樹園」(新見市草間大原)。季節ごとに、桃、りんご、梨狩りができる。

取材時は桃狩りをさせてもらった(中学生以上1500円、小学生1000円、3歳~小学生未満800円。8月のお盆で終了、9月半ばくらいまでは販売のみ)。

良心的で驚いたのが、もいだ桃は食べ放題で時間制限がないところ。「家族で1日いて、食べ続けているお客さんもいるけどね。いいんだよ。せっかく来てくれたんだから」と、代表取締役の上杉和雄さんはおおらかに笑う。「domaine tetta」と同じく、ここの土壌も水はけがよくミネラル分が豊富な石灰岩質。朝晩の寒暖差も高いので、糖度の高い果物が育つのだという。

案内をしてくださった従業員の三上昇さん

桃狩りは7月から8月半ばまでで、「千曲白鳳」「浅間白桃」「夢あさま」をはじめ、数種類の品種を植えることで、1カ月半の間に桃が実っていないことがないようにしているそうだ。「袋掛けしている桃は、袋を少しやぶってお尻の緑部分が白くなっていたら食べごろ」と、従業員の三上昇さんは言う。

貸し出してくれたナイフを使って皮をむき、畑で一口。取れ立てのみずみずしい甘さが口のなかに広がった。少し硬さが残る状態も味わい深かった。

十分堪能して、店舗に戻ると、お土産用や贈答用など、さまざまな桃が箱詰めで売られていた。お徳用の傷物の桃もある。

「鳥がつつくなどしてキズがあったり、おしりが割れていたりするようなものは市場では商品にならないんだけど、本当はこっちのほうが甘いんだよ。店頭で試食を出すと、みんな家庭用にはこちらを買っていくよ」と、上杉代表が出してくれた桃は、確かに甘かった。桃狩りのときに、ついつい見た目で判断し、キズがついていないきれいなものを選んでしまっていたが、こちらのほうがさらに甘かったとは……。

ついキズや鳥のつついた跡のない、きれいな桃を選んでしまうが……

桃づくりは9月の収穫が終わったら、冬は枝の剪定(せんてい)。春は摘蕾・摘果(てきらい・てきか)といって、つぼみや果実の数を調整する。桃は1個の実に対し、80枚の葉が必要なので、それ以外はカットするのだという。そうして大きくなった桃は6月に袋掛けをして、7月から収穫が始まるのだそうだ。

9月から10月半ばは梨狩り(中学生以上800円、小学生600円、3歳~小学生未満500円)、9月中旬から11月はりんご狩り(中学生以上700円、小学生500円、3歳~小学生未満400円)が楽しめる。食欲の秋はもうすぐ。生産者の思いがつまった鮮度抜群の食材を求めに、新見に出かけてみてはいかがだろう。

ナイフと小さなバケツを貸し出してくれるので、もぎたてをその場で食べられる

■取材協力
哲多和牛牧場
JAあしん「焼肉レストラン千屋牛」
MSファーム
domaine tetta
大原観光果樹園


<倉敷・美観地区の今を歩く、岡山の夏旅>

PROFILE

干川美奈子

干川美奈子(ほしかわ・みなこ)
編集者・ライター
10代後半から英語が公用語でない国を中心に海外チープ&ディープ旅をスタート。情報誌、海外ウェディング誌、クルーズ専門誌、女性向けビジネス誌などで旅記事を執筆。「プレジデントFamily」「プレジデント」をはじめとした編集部在籍経験を活かし、普段はビジネス、芸能、マネー、子育て、インタビューなど、雑誌・WEBの一般記事の編集・執筆に携わる。

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