京都ゆるり休日さんぽ

平成元年にワープする祇園の喫茶店「菊しんコーヒー」

  • 文・大橋知沙
  • 2018年11月9日

昭和と平成の狭間のようなレトロなムードが漂う店内

「古い」と「新しい」の境界は、どこにあるのでしょう。ミドル世代の人が見たら懐かしさで胸がいっぱいになるようなものが、若い世代には新鮮でユニークに映ることもある。今でも昔でもない、絶妙な時代感覚に訪れる人を誘う、ネオレトロな喫茶店が祇園の路地にあります。

CDプレーヤーの付いていないラジカセは今も現役

「僕の感覚では、この店の雰囲気は平成元年くらい。子どものころに家や近所の店にあったようなものに囲まれています」。そう語るのは、「菊しんコーヒー」の店主・東翔太さん。古いもののデザインが好きで、ラジカセ、黒電話、三枚羽の扇風機に、分厚いコップやカップ&ソーサーと、どこか昭和の気配を感じるものが集まったといいます。自身は昭和59(1984)年生まれ。やがて元号が変わり、レコードがCDになり、電話はプッシュ式に、さまざまな製品がスリムに軽く改良されていった時代を生きてきました。そんな中、この店は昭和と平成の狭間で時が止まったかのような、ゆるやかな空気が流れています。

レモントーストとコーヒー(ともに500円・税込み)

朝8時からオープンしている菊しんコーヒーの人気メニューは「レモントースト」。レモネード用に砂糖漬けしていたレモンスライスを、もっと活用したいという思いから生まれました。どこか懐かしいビジュアルながら、いざ喫茶店などで探してみるとなかなかないタイプのトーストメニュー。厚切りのパンにバターをじゅわっと染み込ませて焼き、レモンをのせてもう一度トーストします。キュッとほおの奥に感じるレモンの酸味と皮の少しのほろ苦さが、なんともセンチメンタルな気分にさせるトーストです。

「うちは短めに抽出するのですっきりした後味」と東さん

コーヒーは、コロンビアや中国・雲南思茅(しもん)の無農薬の豆を自家焙煎(ばいせん)しブレンドしたもの。サイフォンを使ってほんの数秒で抽出するため、コクがありつつも雑味のない、すっきりとした後味になります。モーニングやコーヒーチケットといった喫茶店ならではのサービスが、祇園という観光地にありながら地元の人々が繰り返し訪れる理由。冷蔵庫には瓶ビールとポンジュース。その日の朝刊や雑誌、マンガなどが置かれた店内が、老若男女に居心地の良い空気を感じさせます。

最後の1滴まで抽出するので豆の味がダイレクトに伝わる

「僕自身が学生時代によく通った飲み屋があるんですが、ふらっと行って、特に何を話すでもなく飲んで帰っていました。そういう、自宅でも職場や学校でもない居場所が一つあったらいいでしょう? 口コミで少しずつ広がって、朝ごはんにと立ち寄ってくれる観光客の方からご近所のおじさんまで、いろんな人が来てくれるようになりました」

気取らず居心地のよい雰囲気で常連の地元客も多い

菊しんコーヒーがあるのは、観光客でにぎわう祇園の通りから一歩路地を入った住宅街。ほんの数歩横道に入っただけなのに、着物姿の女性や外国人旅行客らでいっぱいの大通りとはうって変わって、植木鉢の影で野良猫がのびをするような日常の風景があります。建物はもともとうどんの仕出し屋で、30年ほど前にその店が移転した後は倉庫として使われていたのだそう。その仕出し屋の名前が「菊しん」。建物の大家でもあったご主人に「店名を使わせていただけないか」とお願いしたところ、快くOKしてくださったとか。「30年前の菊しんを覚えている地元の人がおったら、この名前を見て懐かしいなと思ってもらえるでしょう」と東さんは話します。

以前ここにあった仕出し屋の店名を引き継がせてもらった

何百年という歴史ある老舗が軒を連ねる一方で、最新のコンセプトショップや海外ブランドの店が次々とオープンする祇園。古さと新しさが隣り合うこの街で、平成元年という時代感は少々、野暮ったいかもしれません。けれど、平成元年を生きた世代にとっては、百年以上前の伝統よりもリアルに「古さ」を感じ、若い世代にはトレンドのショップよりも「新しく」映る――。そんな不思議な時間の魔法がこの喫茶店には待ち受けています。キュンと甘酸っぱいレモントーストをかじりながら1杯のコーヒーをいただく間、戻りそうで戻れない、ほんの少し前のあの時代へと、心を旅立たせてみてください。(撮影:津久井珠美)

【菊しんコーヒー】
075-525-5322
京都市東山区下弁天町61-11
8:00〜18:00

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PROFILE

大橋 知沙

編集者・ライター。東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。京都のガイドブック、カフェ、雑貨などのムック本・書籍を中心に取材・執筆を手がけるほか、手仕事や印刷の分野でも書籍の編集に携わる。主な編集・執筆に『恋するKYOTO雑貨』(成美堂出版)、『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。

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