いつかの旅

連載エッセー「いつかの旅」 (13)トーキョー

  • 文・千早茜 写真・津久井珠美
  • 2018年12月6日

 

 住んでいる場所を離れて、違う土地を訪れることを旅というらしい。確かに、取材で新しい土地へ行くと、仕事であっても旅という感覚がある。
 では、実家がある北海道はどうか。帰省という言葉がふさわしく、旅のわくわく感は薄まる。一度住んでしまった土地には旅できないのかもしれない。

 住んだこともないのに、旅という感覚がまったく持てない土地がある。東京だ。土地の名というものは人の口にのぼればのぼるほど魔力めいた力を持つ気がする。そういう意味では東京は独特な土地だ。銀座、渋谷、六本木など、テレビや雑誌であがるいくつもの街を内包する、面積以上に膨れあがった怪物のようなイメージがあった。

 東京に住んでみたいと思ったことはない。けれど、無視できない引力が東京にはあって、十代の頃は恐れつつ反発していた。行きたいと言ったら負けだという気がした。
 二十代の頃は興味のある美術展や公演が東京でしかやっていないと仕方なく行った。パティシエ時代はケーキの勉強のために東京の名店を食べ歩いた。お金がなかったので、たいがい夜行バスを使った日帰りで、泥のように疲れて京都に戻った。なんでもあるけど、いろいろなものを奪っていく街だと思ってますます怖くなった。

 

 二十代の終わり、小説の新人賞をいただいた。担当についてくれた編集者が「授賞式は帝国ホテルでします」と告げた。「東京ですか?」と当たり前のことを問う私に「はい、東京です。好きなホテルをお取りしますよ」と編集者はうなずいてくれた。

 その瞬間、わかった。私は東京に呼ばれたかったのだと。勝った、と思うほど能天気ではなかったが、はじめて東京と対等になれた気がしてうれしかった。出版社のお金で新幹線に乗り、山の上ホテルに泊めてもらった。

 授賞式の後のパーティー会場にはたくさんの作家がいた。自分が読んでいた本を書いた作家もいて、きらびやかな会場で悠々と談笑していた。私はとてもちっぽけで、誰も私のことを知らなかった。対等には程遠く、ただただ場違いであることを思い知らされた。

 今、東京には月に一度は行く。仕事のことが多い。最近は東京に友人も増えたので、遊びに行くことも増えた。好きな人や店ができると、その土地に親しみを覚える。
 でも、どこかでまだ東京に対抗心があって、ちゃんと作家として呼ばれる存在でありたいと思っている。あまり熱い感情に縁のない私をこんな気持ちにさせるのも、東京という土地の魔力なのかもしれない。

 

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

千早 茜(ちはや・あかね)作家

1979年北海道生まれ。幼少期をアフリカのザンビアで過ごす。立命館大学卒業。2008年、小説すばる新人賞を受けた「魚神(いおがみ)」でデビュー。同作は2009年の泉鏡花文学賞を受賞。2013年、「あとかた」で島清恋愛文学賞。「男ともだち」(2014年)が直木賞候補作に。著書はほかに「クローゼット」など。最新刊「正しい女たち」が6月10日に刊行された。

津久井 珠美(つくい・たまみ)写真家

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

今、あなたにオススメ

Pickup!