にっぽんの逸品を訪ねて

世界遺産の金色堂輝く岩手県平泉町 漆をテーマにめぐる

  • 文・写真 中元千恵子
  • 2018年12月11日

覆堂に守られて立つ中尊寺金色堂

岩手県南部の平泉町は、訪れるたびに穏やかな気持ちにしてくれる。ゆったりと蛇行する北上川や、なだらかな山容の束稲(たばしね)山が目にやさしく映り、中尊寺や毛越寺などの古刹(こさつ)の境内も厳かであると同時に人を包み込むような安らかさに満ちている。

平泉は、平安時代後期、奥州藤原氏が4代約100年間にわたって治めた。その初代である藤原清衡(きよひら)は、この地に現世の浄土を実現しようとしたという。その思いが今も息づいているようだ。

中尊寺境内から望む平泉の町。右手に北上川や束稲山が見える

藤原氏の時代、日本で都市として機能していたのは、都である京都、日宋貿易の拠点だった博多、そして平泉だけだったというから、繁栄ぶりがうかがえる。京都と人や物が行き交い、高い技術や文化が伝わり、平泉からは馬や砂金が運ばれた。平泉の遺跡からは中国の磁器なども出土し、ここがシルクロードの終点だったともいわれる。

前回ご紹介したように、岩手県は天然の塗料である漆(うるし)の産地だ。今回は、藤原氏の時代にも活用されていた漆に注目して、平泉をめぐった。

平泉を訪れたらまずは歴史を知ろう

平泉の旅は町の成り立ちを知ると何倍も楽しめる。そこで、まず立ち寄りたいのが平泉文化遺産センターだ。ユネスコ世界文化遺産に「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として2011年に記載された平泉の歴史を、わかりやすく解説している。

平泉文化遺産センターは分かりやすい展示で歴史を紹介している

藤原清衡は、前九年合戦と後三年合戦という長く壮絶な戦いを経験した後、万物の霊を慰めるため、1105年に平泉で中尊寺の大規模な造営に着手した。「絶対平等」を基本理念とする法華経の教えを基に、平泉の地に平和な理想郷「仏国土」を実現しようとしたのだ。

主な堂塔が完成した1126年に清衡は大法要を営み、戦争のない理想郷をつくりたいという趣旨の「中尊寺建立供養願文(がんもん)」を読み上げたと伝わる。

この願文を読み解いたコーナーは必見だ。人間はもちろん、動物や鳥、魚、貝などすべての魂が平等に浄土へ導かれることを願う、という言葉に心打たれる。

遺跡からの出土品も展示されている

館内には平泉町内の遺跡から発掘された漆塗りの出土品も展示されていた。漆は一度固まれば溶かす薬剤が存在しないとされる強力な塗料。その漆に守られて、1000年近く前の皿や器が姿を留めている。中には当時の男性が頭にかぶる烏帽子(えぼし)もあった。繊細な模様が施された鏡箱もあり、優れた工芸技術をもっていたことがわかる(出土品は不定期で展示替えを行う)。

烏帽子も原型をとどめている

今も平安時代の姿を留める中尊寺金色堂

平泉観光のハイライトといえば中尊寺だ。850年に慈覚大師円仁(えんにん)が開き、清衡が大規模な堂塔の造営を行った。

伽藍(がらん)の中でも、四半世紀かけて、意匠を凝らして建築した金色堂は、1124年に完成した当時の姿を残し、国宝に指定されている。清衡をはじめ、二代基衡、三代秀衡、四代泰衡のなきがらを安置する阿弥陀堂であり、金箔(きんぱく)を押した建物も仏像も華麗にして荘厳。目前にすると息をのむような神々しさがある。マルコ・ポーロが『東方見聞録』に記したともいわれ、松尾芭蕉が俳句に詠むなど、時代を超えて多くの人の心を動かしてきたことが思われる。

堂内外とも総金箔張りで光り輝く金色堂。光は魔をはらうと考えられていた(画像提供:中尊寺)

装飾の美しさにも目を見張る。金色堂には、みちのくの名産だった金と漆がふんだんに使われている。漆は熱に強く、抗菌性があり、しかも接着力がある。木造のお堂に漆を塗り、その上に蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)などの装飾を施した。螺鈿細工には南洋の夜光貝が使われ、アフリカゾウの象牙やガラス、宝石なども見られるというから、当時のダイナミックな交易にもロマンを感じる。それを今に伝えてくれるのは、強固な漆のおかげでもあるだろう。

精巧な装飾に工芸技術の高さを感じる(画像提供:中尊寺)

平泉に伝わる伝統の秀衡塗

中尊寺付近には、藤原氏の名前をとった秀衡塗が受け継がれている。三代秀衡が京都から漆器職人を呼び寄せたのが起源とされ、中尊寺周辺には古くから「秀衡椀(わん)」とよばれる三つ重ねの入れ子椀が伝わっている。

翁知屋の店頭に並ぶ秀衡塗の作品

秀衡塗の工房の一軒である翁知屋(おおちや)を訪ねると、現代的な作品を含めてさまざまな漆器が並んでいた。

「伝統的な秀衡塗は模様に特徴があります。朱で雲形を描き、菱型(ひしがた)の金箔を貼り、余白には草花や吉祥の図柄を描き入れます」と話すのは、主人の佐々木優弥さんだ。印象的な菱形は、有職(ゆうそく)菱紋とよばれ、平安時代にこの土地ではやった文様とされる。今見てもモダンで美しい。

工房を見せていただくと、何種類ものはけや漆、金箔などが並び、漆器制作が繊細で根気のいる作業であることが伝わってくる。

細やかな作業を重ねて作られる

数百年受け継がれるもてなし料理「もち本膳」

この日の昼食は、中尊寺近くの平泉レストハウスで、郷土の味である「もち料理」を味わった。岩手県南部では一関市を中心に、数百年前から「もち食文化」が受け継がれ、冠婚葬祭などのあらたまった席では「もち本膳(ぜん)」をふるまうそうだ。

「もち本膳」は、なますやあんこもち、雑煮などが小鉢に盛って並んでいる。食べる際には作法があり、最初になますを食べ、次にあんこもち、次はずんだやクルミを使った料理もち……と順番が決まっている。さらに、あんこもちはおかわりしてもよいが料理もちはしないなどの決まりもある。作法があるのは、仙台藩祖の伊達政宗が小笠原流を取り入れていたため、もち本膳にも反映されたといわれる。

この日は「もち本膳」にきのこ飯などを組み合わせたメニュー「中尊寺門前料理」を、特別に秀衡塗でいただいた。地元に伝わる漆器で伝統料理を味わう時間はとてもぜいたくだった。

秀衡塗に盛った「中尊寺門前料理」

【問い合わせ】

平泉観光協会
http://hiraizumi.or.jp/heritage/index.html

平泉文化遺産センター
https://www.town.hiraizumi.iwate.jp/index.cfm/26,1040,128,277,html

中尊寺
http://www.chusonji.or.jp/

翁知屋
http://www.ootiya.com/

平泉レストハウス
http://www.hiraizumi2011.jp/

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PROFILE

中元千恵子(なかもと・ちえこ)フリーライター

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、『バリアフリーの温泉宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

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