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再び「12万円で世界を歩く」赤道編4

  • 文・下川裕治、写真/動画・阿部稔哉
  • 2019年1月23日

  

ちょうど30年前に刊行された『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)。再び同じルートを歩いてみる旅が続く。総費用12万円でどこまで行って、帰ることができるか。費用には飛行機代はもちろん、滞在費、食費など旅にかかったすべての費用が含まれていた。そのルールは変わらない。

タイのバンコクを出発して一路南下。マレーシアのペナン島からインドネシアのスマトラ島に渡り、トバ湖畔の街パラパトに泊まった。今回はそこから赤道に行き、ブキティンギをめざす。このルートのハイライトだが、同時に最大の難所でもある。はたして30年前と同じように赤道で記念撮影ができるのか。トバ湖畔の街で、その足の確保に奔走した。

【前回のマレーシアのペナン島からインドネシアのスマトラ島の街パラパトへの旅はこちら】

  

今回の旅のデータ

トバ湖畔の街、パラパトからブキティンギまでのバスはない。30年前は、メダンからパラパトまでのバスがあまりに遅く、車をチャーターした。いまはチャーターしか方法はないと思っていい。

今回、僕らは泊まったホテルを通してドライバーと交渉したが、このルートにこだわる理由をわかってもらうことが大変だった。皆、いったんメダン近郊のクアラナム国際空港に戻って、そこからLCCでパダンに向かえという。ブキティンギはパダンからそう遠くない。赤道はブキティンギのやや北側を通っている。LCCの運賃は変動するが、おそらく費用的には車をチャーターするより安いはず。

そこで悩んでしまったが、やはり30年前のルートをなぞろうと、車をチャーターすることにした。この判断がブキティンギから先の旅をさらに迷わせてしまう。

ブキティンギは山に囲まれた盆地に広がる街。週末にあたっていて満室のホテルが多かった。なんとか3軒目で部屋は確保できたが。ツイン1泊25万ルピア。ひとり12.5万ルピア、約913円。ホテルはそれほど高くない。

長編動画


【動画】トバ湖畔にカメラを固定し、夜明けの湖を。しだいに明るさを増していく湖面をぼんやり眺めてください。10分すぎに通りすぎる猫もお見逃しなく。


短編動画


【動画】イスラム色が強いインドネシア。女性はヒジャブという布で頭を覆う。しかし広がるバイク社会。ヘルメットはどうする?




スマトラ島トバ湖畔の街パラパトから赤道、そしてブキティンギへ「旅のフォト物語」

Scene01

  

トバ湖は、典型的なカルデラ湖。夜明けの湖面に映る山と空が少しずつ明るくなっていくのを、ぼんやり眺めていると、小さな船が漁に出ていった。魚が多い湖には見えないのだが。トバ湖の夜明けは、長編動画でたっぷりと紹介しています。

Scene02

  

夜明けとともに、トバ湖を囲む山が浮かびあがってくる。カルデラ湖ならではの朝の風景。湖の中央には、サモシール島という火山島がある。トバ湖で人気の観光地だ。誰もが訪ねるというが、赤道をめざす僕らには、30年前も今回も無縁の島です。

Scene03

  

ホテルは朝食付き。メニューは1種類。ナシゴレンというインドネシア風チャーハンの目玉焼きのせ。それにコーヒー。しかし翌日以降に泊まったホテルも、朝食はまったく同じ内容だった。さすがに飽きます。もう少しメニューを考えてほしい。

Scene04

  

ホテルで車をチャーターしてもらった。ドライバーの最初のいい値は車1台300万ルピア、約2万1900円。高い。皆、メダン近郊に戻り、LCCでパダンまで行けというわけだ。値切って270万ルピア、ひとり135万ルピア、約9855円にはなったが。30年前は約5775円だった。出発は7時30分。ブキティンギまで約15時間の長い旅がはじまる。

Scene05

  

トバ湖周辺はバタック人と呼ばれる民族の故郷。彼らの家は両端がカーブを描いてせりあがっている。一見、船のようにも見える。このデザインに相当のこだわりがあるようで、イベント用の車も、バタック人の家を模している。運転席は中央のガラスの奥。車をここまで改造していいらしい。インドネシアでは……。

Scene06

  

順調に5時間ほど南下していたが、やはり……。土砂崩れで道がなくなっていた。脇には転落した大型トラックも。復旧のめどは立たず、今日の赤道通過を諦めかけた。ところが30分ほど待つと、乗用車なら行けそうという情報が入る。崩れた斜面をスリリングに進む。なんとか越えた。スマトラ島の奇跡?

Scene07

  

トバ湖とブキティンギを結ぶ道はスマトラ島の中央部を貫いている。丘陵地帯を延々と走ることになる。小さな盆地と峠が車窓に繰り返し現れる。盆地には水田がつくられ、それは丘陵の斜面まで続いていた。もう赤道は遠くない。緑の濃さと、日差しの強さがそう教えてくれるような気がした。

Scene08

  

道端の食堂で昼食。パダン料理のスタイルだった。この料理は、そのとき、できている料理をすべて小皿に盛って出し、客は食べた分だけ払うシステム。小皿の料理がなくなればいいのだが、中途半端に残るといくらになる? 下のほうから食べれば気づかない? 手にするフォークとスプーンが緊張で揺れる。

Scene09

  

午後になり、小学校の下校時間になっていた。このあたりは集団下校をしているらしい。トバ湖から南下するにつれ、イスラム色が強くなっていく。小学校の制服もイスラムスタイルなのだが、気温30度のなかで暑くはないのだろうか。

Scene10

  

イスラム教徒の女性はヒジャブというスカーフをかぶっているが、後ろに座る女性はこんな感じになってしまう。しかしバイクの便利さに皆、あらがえない。政府はヒジャブの上からヘルメット着用をすすめているようだが……。その様子は短編動画で。

Scene11

  

シアブという街の手前にイスラミックセンターという学校があった。男子だけのようで、モスクにはこれだけの数の生徒たち。彼らの寄宿舎なのか、小さな小屋のような建物が、道に沿って延々と続いていた。インドネシアはかなり歩いたが、これだけの規模の学校ははじめて。ひとつの街をつくっていた。

Scene12

  

ブキティンギまで207キロという表示が出た。山は深くなり、道も傾斜が急になる。伐採した木材を運ぶ道がいくつもあり、ドライバーは何回も道を間違えた。聞くと、ブキティンギまで何回か走ったが、このあたりはいちばん難しいという。30年前、僕らはよくこの道を走破したものだと感慨に浸ってしまう。

Scene13

  

夜の8時半、ようやく赤道に到達した。以前は周辺になにもなく、道端に「EQUATOR」(赤道)という看板があるだけだった。道には白線が描かれていた。いまはちょっとした観光地。昔の写真を見せて聞いたが、もうないという。同じような看板をみつけて記念撮影。昔と比べると……僕らもだいぶ老けた?

Scene14

  

昔の看板に代わってつくられたのが、この赤道アーチ。この上が通路になっていて、赤道上を歩くという趣向らしい。おそらく世界唯一の赤道歩道橋。しかし利用者は少なく、いまは渡ることができないという。赤道観光はその程度のもの? 僕らはこの下を行ったり来たり。3回赤道を越えました。

Scene15

  

赤道から約2時間。やっとブキティンギに到着した。右がドライバーのアッバス。僕と同じ64歳。根気よく運転してくれた。左が息子のエンドワ。途中、少し運転したが、そこで交通違反。とられた罰金をいつまでも悔やむ青年でした。実はこの車にスマホを忘れてしまった。ルーターを使い、ネットだけつながるようにしていたのだが。運転手の電話番号もわからず……。ドライバーは一期一会です。

【次号予告】ブキティンギからジャカルタ、タイのバンコクへ。

※取材期間:2018年10月27日

※価格等はすべて取材時のものです。

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PROFILE

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)ライター

下川裕治

1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「『裏国境』突破 東南アジア一周大作戦」(新潮社)、「僕はこんな旅しかできない」(キョーハンブックス)、「一両列車のゆるり旅」(双葉社)など。「週末アジアでちょっと幸せ」(朝日新聞出版)に続く、週末シリーズも好評。最新刊は、「週末ソウルでちょっとほっこり」(朝日新聞出版)。

阿部稔哉(あべ・としや)フォトグラファー

写真

1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

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