京都ゆるり休日さんぽ

心豊かに時を過ごす、クラシカルな喫茶店「フランソア喫茶室」

  • 文・大橋知沙
  • 2019年2月8日

ステンドグラスが壁に色とりどりの光を映す

人混みに疲れ、目に映る風景や聞こえてくる音をリセットしたい時、扉を開く店があります。まだ固くつぼんだ桜の木々が並ぶ木屋町通から、1本入った路地にたたずむ「フランソア喫茶室」。百貨店やショッピングビルが並ぶ四条河原町の交差点のそばにありながら、その騒々しさを一瞬で忘れてしまうようなクラシカルな喫茶店です。

二棟続きの南側の建物が国の有形文化財に登録されている

1934年の創業以来、めまぐるしく変わる河原町の風景の中で、時を止めたかのように静かに街を見守ってきた店。しっとりとしたセピア色の空間と、清楚(せいそ)な制服に身を包んだスタッフの「いらっしゃいませ」というあいさつに迎えられます。常連客から観光客まで多くの人でテーブルが埋まりつつも、居合わせた人はどこか申し合わせたかのように、静かで落ち着いた雰囲気を味わおうとする。そんな心地よい空間や雰囲気を共有しあうのも、カフェやコーヒーチェーンとは一味違う、喫茶店ならではの時間です。

名画の複製のほか竹久夢二などの原画も飾られている

店名はフランスの画家ミレーの名前から。豪華客船をイメージして作られたという内装は、虹色の光を映すステンドグラスやドーム状の天井、バロック調の家具や照明に彩られた空間です。壁に飾られたさまざまな名画の複製は、画家を志すも、やがて社会主義者として活動を広げた創業者・立野正一氏のコレクションの一部。「ミレー書房」という洋書専門店に併設する形で芸術家・思想家たちの語らいの場として設けられた喫茶室は、藤田嗣治、吉村公三郎、宇野重吉などの文化人に愛され、戦後は京都の名喫茶として知られるようになりました。

古いパリの地図は画家の藤田嗣治から贈られたもの

フランソア喫茶室の名物は、フレッシュクリーム入りのコーヒー。あらかじめ、ふんわりと泡立てたフレッシュクリームが入っています。これは、ブラックのコーヒーが苦手だった常連の宇野重吉のために、立野氏の妻・留志子(るしこ)さんが考案したメニュー。コーヒーが苦手な人も「これなら飲める」と、たちまち店の看板となりました。

ケーキセット(1,000円〜・税込み)。写真はレモンのタルト

レアチーズケーキ、レモンのタルトなどのクラシカルな洋菓子は、現在のオーナーで息子の立野隼夫さんがレシピを完成させたもの。東京で支店を営んでいた隼夫さんが40歳で製菓学校で学び直し、姉弟で京都の店を経営するようになってケーキのメニューを手がけるようになりました。素朴な見た目ながらも、驚くほどしっとり、さっくりと多彩な食感のケーキは、バターやアーモンドプードルを惜しみなく使ったリッチな味わい。隼夫さんは75歳の今も現役で、厨房(ちゅうぼう)でケーキを焼いています。

メニューに描かれているのは隼夫さんの妹・香子(きょうこ)さんの幼少の頃。版画家の浅野竹二によるもの

「上等な素材を使っておいしいものを出すこと。古い店でも清潔に、美しくすること。歴史があっても、それをひけらかさないこと。父から受け継いだ教えを大切に、こんにちまでやってきました。先代や母がいいお客さんをつけてくれたからこそ、今のフランソアがあると思っています」と隼夫さんは語ります。

シックな雰囲気の店内ながら窓からは柔らかな光が差す

元は京町家だった空間に欧風の建築様式を取り入れた建物は、昭和初期における革新的な建築物として、2003(平成15)年、喫茶店として初めて国の登録有形文化財に。創業時の姿を今に伝えながらも、すみずみまで美しく保たれています。2016年から、「お客さまと従業員の健康のために」と全席禁煙に。店内にはクラシック音楽が流れ、飾られた花の香りが柔らかに漂います。

建築のディテールやさりげないしつらえに目を奪われる

ここは豪華客船の中であり、小さな美術館であり、文化財の中の一室でもある。歴史と文化の薫りが漂う一方で、前衛芸術家も、ブラックコーヒーが苦手な人も、買い物帰りの市民も着物姿の観光客も穏やかに受け止める懐の深さがこの店にはあります。絶えず変化する京都随一の繁華街の片隅で、ゆっくりと時を刻むフランソア喫茶室の扉を開いたら、店を出る時には心なしか、ゆったりと歩きたくなるかもしれません。(撮影:津久井珠美)

フランソア喫茶室
http://www.francois1934.com

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PROFILE

大橋 知沙

編集者・ライター。東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。京都のガイドブック、カフェ、雑貨などのムック本・書籍を中心に取材・執筆を手がけるほか、手仕事や印刷の分野でも書籍の編集に携わる。主な編集・執筆に『恋するKYOTO雑貨』(成美堂出版)、『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。

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