レモンとスタインベックとサンダルと 世界遺産「アマルフィ海岸」

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ナポリの南東に“世界一美しい海岸”と称されるアマルフィ海岸がある。ソレント半島南岸に位置し、複雑に入り組んだ海と陸地の境界線はおよそ30km続く。ドラマチックな景観は、1997年にユネスコの世界遺産に登録されている。

海岸には鉄道が通っていないため、点在する町への公共交通機関は、船もしくは山間を延々と走る路線バスのみである。その知名度からすると、やや隔絶された地域といえる。だが歴史をひもとくと、意外にも“外”とつながってきたことがわかってくる。

アマルフィ海岸一帯は、かつて地中海貿易で繁栄を極めた。9世紀にナポリ公国から独立したアマルフィ公国は、周辺諸国やイスラム圏と積極的な交易を展開し、他国から学んだ造船および航海の技術を高めていった。14世紀には、フラヴィオ・ジョイアという人物が今日の羅針盤を考案したと伝わる。

特産品のレモンも、公国時代の歴史と結びつく。当時の船乗りたちは、死に至ることもある「壊血病(かいけつびょう)」を恐れていた。その原因がビタミンCの欠乏であることまでは解明されていなかったものの、航海中に野菜や果物が摂取できないためであるとは認知されていた。やがて彼らは、レモンが壊血病予防に効果的であることに気づく。それまで観賞用だったレモン栽培が、食用へと転換したきっかけだった。さらに船乗りたちが携行したおかげでアマルフィ産レモンの知名度は海を越えて広まり、15世紀には代表的な交易品にまで成長した。

レモン以外にも、アマルフィ海岸には魅力的な特産品がある。

ひとつめは、ヴィエトリ・スル・マーレの陶器だ。商店や民家の外壁に漁師や農民などを描いたタイルを見ることができる。しかし、これらの図柄の多くは、20世紀にこの町に魅せられた外国人陶芸家たちが考案したものだ。地元の人にとっては当たり前の暮らしが、彼らには、素朴で温かく新鮮な光景に映ったのだ。

ふたつめは、アマルフィから船で西へ30分ほどのところにあるポジターノのサンダルである。19世紀には人口が減少し貧しい漁村になっていたポジターノだが、1953年に転機がやってくる。「怒りの葡萄(ぶどう)」で知られるアメリカ人作家スタインベックが同地を訪問し、その魅力を雑誌で紹介したのだ。すると、欧米のセレブたちがバカンスに訪れるようになった。足元を彩るサンダルの需要が高まり、現在、ポジターノにはカスタムメイドのサンダル工房が数多く存在する。

多くの外国人を魅了しながら輝き続けてきたアマルフィ海岸。その穏やかに流れる時間をフォトギャラリーでお楽しみください。

(文&写真 大矢麻里 Mari OYA)

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    PROFILE

    大矢麻里

    大矢麻里(おおや・まり) Mari OYA

    イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務などを経て、1996年にイタリア・トスカーナの古都シエナに移り住む。国立シエナ外国人大学で学び、現地の料理学校で通訳・アシスタントを務めるかたわら執筆活動を開始。NHKラジオテキスト『まいにちイタリア語』をはじめ、イタリア文化や生活関連の連載・執筆多数。NHK『マイあさラジオ』など、ラジオ番組でもリポーターとして活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)がある。

     
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