• 「会社を辞めて10カ月旅に出てみたら、人生が変わった」——写真家・三井昌志さん

「会社を辞めて10カ月旅に出てみたら、人生が変わった」——写真家・三井昌志さん

写真家として、20年近くアジアを中心に撮影の旅を続けてきた三井昌志さん。中でもインドには思い入れがあるそうで、10年かけてバイクで7周してもまだ撮り尽くしたとは感じられず、この冬も8周目の旅をするために日本から飛び立っていきました。会社員から、写真家へ。異色の経歴をたどることになったのは、26歳で経験した初めての海外一人旅がきっかけです。三井さんの人生を変えた旅についてお話を聞きました。

(文・渡部麻衣子 写真・松嶋 愛)

自分の生き方はこれでいいのか? 26歳で人生をリセット

――これまで訪れた国は39カ国。アジアを中心に撮影の旅に出ておられますが、写真家を志したきっかけはなんだったのでしょうか。

写真家になろうと思ったことは一度もなくて、気がついたらなっていたという感じです。もともとはメーカー勤務の会社員でした。仕事にはやりがいを感じていましたが、2年働いてふと思ったんです。「毎日決まった時間に会社に行って仕事をする人生で、本当にいいのか?」って。

今にして思えば、まぁ、若気の至りなんですけれども。それで会社を辞めて、半年間実家でニートをしながら何をやろうか考えた結果、旅に出ることにしました。26歳にして初めての海外旅行です。

――三井さんはこの10年、インド各地をバイクで回りながら写真を撮ってきた方なので、てっきり学生時代からの筋金入りのバックパッカーだと思っていました。初めての海外一人旅でいきなり10カ月というのは……。

ホップ、ステップなしでいきなりジャンプみたいな感じですよね。どうなるものかと思いましたけど、やってみたら閉じこもっていた殻から一気に解放された感じがしてすごく楽しかった。

まずベトナムに行って、インドを越えてトルコ、ギリシャ。そこから北に向かってブルガリア、ルーマニア、チェコ。ロシアに入って、シベリア鉄道でモンゴルまで行って、中国経由で帰ってくるという時計回りの旅でした。2001年のこの旅をきっかけに写真家になるわけですから、人生わからないものですよね。

――写真を撮るために海外に行ったんですか?

大学生の頃からホームページを持っていたので、そこで旅のエッセーを書くつもりでした。ニートの頃に文章を書こうとしたらこれといって書くことがなかったので、とりあえず旅に出ることにしたんですよ。ついでに世界遺産でも撮ろうかなと思って買ったのが、デジタル一眼レフカメラでした。

ところが現地に行ったら、写真を撮ることが思いのほか楽しくて。特に僕がひきつけられたのは、アジアの子どもたちの生き生きとした笑顔でした。ネットに上げたら、文章よりも写真の方が反響が大きかったんです。幸いにもそのとき撮ったものは2003年に写真集『アジアの瞳』(スリーエーネットワーク)として出版されることになり、以来、僕の肩書は写真家になりました。

“渋イケメン”たちとの出会い

――その後三井さんは2014年までの間にアジアで暮らす女性や子どもたちの笑顔を中心に撮り続け、写真集を7冊出版しました。そして、2015年に世に送り出したのが、『渋イケメンの国』(雷鳥社)。半裸でやたら男前な男性が表紙という、これまでとは被写体が異なる写真集でした。

『渋イケメンの国~無駄にかっこいい男たち~』の表紙写真(撮影:三井昌志)

『渋イケメンの国』の表紙の人は、バングラデシュの製塩工場でゴリゴリの肉体労働をしている男性ですが、南アジアの男ってなぜか無駄にかっこいい人が多いんですよ。インドやバングラデシュは基本的に恋愛結婚の国じゃないから、異性に向けてイケメンをアピールする必要もないのに、なぜこんなにかっこいいんだろうと不思議に思い、彼らを撮り始めたんです。

でも撮っているうちに、「男って本来こうだよな」と気づいたんです。現代社会ではオフィスで働く人が多いですが、汗を流して働く男は美しい。これこそ人間の本来あるべき姿なんじゃないか。それで、ここ数年は男から見てもほれぼれするような働く渋いイケメンたちを中心に撮っています。

――“渋イケメン”には、主にどこで出会えますか?

やっぱりインドですね。チャイ屋の主人ですら普通に“渋イケメン”ですから。“渋イケメン”の一番いい表情が撮れるのは労働の現場なので、工場にもよく行きます。これまでインドはバイクで7周していますが、自由になる足を持っていると遊牧中の“渋イケメン”にも遭遇しやすいです。

――いままで撮った中で会心の一枚は。

最近でいうと、2019年11月に出た新刊『渋イケメンの旅』(雷鳥社)の表紙にもなったこの写真です。

『渋イケメンの旅』の表紙写真(撮影:三井昌志)

彼はインド西部のグジャラート州で出会った遊牧民で、日々羊たちと共に草地を求めて旅をしている。この人、すごく自由なんですよ。好きなところで水をくんで、枯れ木を集めてお湯をわかしてチャイを作って。飲めよって僕に薦めて、またどこかに歩いていく。

来年同じ場所に行っても、彼はもういません。この人とはこの瞬間にしかすれ違えないから、このときにしか撮れない。そう感じたとき、僕の写真家としての好奇心が一番高まります。

毎年冬になると南アジアへ

―― 一年のうち、どれくらいの期間を海外で過ごすのでしょうか。

今年も12月から春までインドに行きますが、毎年冬に旅立つことが多いです。インドの夏は平気で45度まで上がるので、バイクで走るとドライヤーの熱風を浴びているみたいだし、インド人もだいたい軒下とか日陰で昼寝をしていて働いていない。働くインド人を撮るなら冬から春にかけてがベストです。

―― 空港から飛行機で飛び立つときは、いつもどんな気持ちですか?

基本的にバイクで旅をしているので、飛行機に乗っている間はピクニックみたいな気分です。座っていたら目的地に着くし、勝手にごはんも出てくるし、なんだったらお酒もくれるし、映画も観られる。特に、旅が終わって日本に戻る飛行機は、今回の旅もよかったなっていう満足感に浸れる最高の空間です。

最近はナショナルキャリアにも乗りますけど、LCCも好き。エアアジアが出てきたときは革命的だと思いました。とにかくローコストで切り詰めて、中途半端なサービスは一切しないあの潔さ、いいですよね。

自分にしか体験できないものを追い求めて

――これまで20年近く旅をしてきた中で、特に印象に残っている光景はありますか?

インドで全裸のおじさんを先頭に歩いている200人ほどの集団に出くわしたことですね。バイクで一度は通り過ぎたものの、引き返して何をしているのか聞きました。

全裸だったのは先頭の一人だけなんですけど、そういう人についていくくらいだからエキセントリックな集団なのかと思いきや、みんなすごくにこやかで優しい。聞けば、彼らは全員ジャイナ教徒で、全裸のおじさんは出家者。厳しい戒律のもとで暮らす出家者はとても尊敬されていて、彼のお説法を聞くために寺院に向かっているところでした。生き物を傷つけないという教えにのっとり、出家者は道を這(は)う小さな虫すら踏みつぶさないように歩くんですって。

ジャイナ教の出家者(撮影:三井昌志)

最初から知識としてジャイナ教を知っていたら、全裸の人を見てもただ通り過ぎるだけだったかもしれないけれども、何にも知らない状態で見たことのないものに出合うから、「え、なになに?」と好奇心をかきたてられる。これは旅の醍醐味(だいごみ)ですよね。

――これから旅をする人に向けて、アドバイスがあればお願いします。

今は効率化の時代で、短期の旅や、弾丸旅をする人が増えました。まぁ、旅って無駄なことですよ。やる必要もない。でも僕みたいにね、楽しいから旅をしていただけで人生が変わることもある。

個人的には、怖がらずに観光地じゃないところへ行ってみてほしいです。26歳のときの初めての海外旅行はベトナムから始めたんですが、僕は世界遺産の街・フエで自転車を借りて、いきなり田舎に行きました。観光地の外に出ると、鶏が自由に歩いていたり、子どもが裸で走り回っていたりして、その国に暮らす人たちのリアリティーがあった。

IT化によって、インスタで「いいね!」がついている観光地に人が殺到するようになったけれど、世界は多様なんだから、インスタ映えするだけじゃない、すばらしい景色をもっともっと見てほしい。

ボリビアのウユニ塩湖でヨガのポーズをとったらそりゃ映えますよ。わかる。わかるけれども、それだけでいいのか。せっかく旅に出るなら、自分にしか体験できないものを追い求める方が絶対に楽しいです。不正確な紙の地図しかなかった昔と違って、今はIT化のおかげでスマホのグーグルマップを使えばちゃんとスタート地点まで戻ってこられるんですから。

PROFILE

三井昌志(みつい・まさし)

1974年生まれ。京都府出身。神戸大学工学部卒業後、機械メーカーに就職。エンジニアとして2年働き、退職。2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸を一周したことをきっかけに、写真家としての道を歩むことに。「日経ナショナルジオグラフィック写真賞2018年グランプリ」を受賞。近著に『渋イケメンの旅』(1600円+税、雷鳥社)。
三井昌志公式サイト:https://tabisora.com/