• パリで注目の地区、ストラスブール・サンドニに新風を吹かせる店

パリで注目の地区、ストラスブール・サンドニに新風を吹かせる店

パリでいま注目を集めているエリア、ストラスブール・サンドニ(10区)。ここは人種のるつぼで、通りには夜の商売の人が数メートルおきに立っている――少し前までは、そんなイメージで語られることが多く、あえて足を向けたくなるところではなかったといいます。ところが最近、クリエーティブな人たちが集まり、センスの光る店が次々とオープンするようになりました。前回に続き、この街に新しい風を吹かせる店を訪れてみました。

(文・写真=&編集長・辻川舞子、トップ写真は「ディスティレリ・ド・パリ」)

パリ初 商店街の裏に誕生した蒸留所

まず1軒目は、飲食店や食料品店がにぎやかに立ち並ぶフォーブル・サンドニ通りに位置する「ディスティレリ・ド・パリ(Distillerie de Paris)」。2015年、パリで初となる蒸留所を作ったニコラ・ジュレスさんによる店です。

壁も扉もない店は、蒸留所をイメージしたパイプが張り巡らされたモダンな内装。パリでは最近、マレ地区にレストラン&ブティック「OGATA」を開いたことで知られるデザイナーの緒方慎一郎さんが手がけたそうです。店内にはモダンなパッケージのスピリッツや香水がディスプレーされています。

(左)ジン、ウォッカ、ウイスキー、ラムなどが並ぶ (右)香水

となりは両親が23年前に始めたという高級食材店「ジュレス(Julhès)」。パリ市内に8店舗を構えるまでに拡大した店です。

高級食材店「ジュレス」

「裏に回ってみましょう」と、ニコラさん。表通りの喧噪(けんそう)がうそのように静かな中庭を通り過ぎると、そこに蒸留器がありました。

「ディスティレリ・ド・パリ」の裏手には、蒸留所が

なぜ、ニコラさんはクラフトジンを手がけようと思ったのでしょうか? そして、蒸留所はなぜパリなのか? その理由をこう話します。

「私がこれまで美食の世界で生きてきた中で感じるのは、作り手が、物質的なものよりも、感情や思いを提供するようになってきたこと。そんな流れの中で、私はお酒を生産するよりも、『デザインする』というアプローチをしてみたかったのです。そして、蒸留所を作るならば、美において世界の中心であるパリであることは必然だと考えました」

パリ市内に蒸留所を作ることは禁止されていましたが、ニコラさんは5年にわたる交渉の末、オープンにこぎつけたのだそうです。

ニコラ・ジュレスさん

「テイスティングしてみませんか?」

ニコラさんがジンを次々とグラスに注いでくれます。

「これは、『ベル・エール』。飲める香水というアイデアを体現したジンです。レユニオン島への旅からインスピレーションを受けています。トップにマンゴーやパッションフルーツなどの果物、ミドルに柑橘(かんきつ)類、ラストにジュニパーとベチバーの中間のような香味がやってきます」

「これは、近所のインド食材店からインスピレーションを受けた『インディア』。さまざまなにおいが立ちこめる店内で、指でこすったコブミカンの香りをかいだ体験を元にしています。刺し身やセビーチェ(魚介類のマリネ)などと相性がいいですね」

次々とテイスティング。三越伊勢丹限定、日本向けの特注のジンも

お酒づくりへの思いがあふれ、話が止まらないニコラさんの話題は、香水へ。なぜ香水も作っているのでしょうか?

「今、蒸留酒と香水は全く別のものですが、かつてはどちらも蒸留器で作られていたのです。私たちの香水は、正真正銘のメイド・イン・パリ。(フランスの料理界の重鎮である)ヤニック・アレノやエマニュエル・ルノーも、この香水のファンなんです」

話題は、日仏の美へのアプローチの違いにまで及びました。

「フランスでは、バロック的なアプローチ。複雑さや、多くの要素の組み合わせを愛しています。一方、日本で大切にされるのは、混じりけのなさや純度。私は日本の美を、日本のウィスキーを通して理解することができました。審美眼は対極ですね。でも、両国ほど、美が人の生活や意識の中心になっている国はない。衣服や食から美を伝えようとする姿勢は、似ていると思うのです」

ニコラさんの傍らには、ずっと愛犬が。寒かったのか、自分から箱に入ってしまいました

ニコラさんのものづくりへの情熱はどこからやってくるのでしょうか? その原点は、幼少期にあるそうです。

「子どものとき、祖母がやぎのミルクからチーズを作るのを見て、できあがっていくさまが魔法のようで、夢中になりました。家族全員、チーズを作れますよ。この店の近くで、家族でパンやチョコレートも作っているんです」

草原で摘んだような、フランス産の花

ニコラさんの店をあとにして向かったのは、そこから数メートル先にある、カフェ兼花屋の「ピオニー(Peonies)」。草原で摘んできた花を無造作に束ねたような、やさしい色合いのドライフラワーのブーケが軒先に並んでいます。

店主のクレモンティーヌ・レヴィさん。「もうすぐで男の子が生まれるんです」
ドライフラワーのブーケ

店内にはかわいいピンク色のテーブルが並び、地元っ子たちがパソコンを開いてゆっくりと過ごしています。

(左)フォトジェニックな「ピンク・マッチャ・ラテ」 (右)店内にもドライフラワーが

店主のクレモンティーヌ・レヴィさんはこう話します。

「私たちは、けっして季節はずれの花をおいたりしません。季節を尊重しているのです」。私が店を訪れたのは、12月。花が少ない時期だから、ドライフラワーだとのこと。また、フランスの生産者を大切にしていて、9割がフランス国内からの花だといいます。

「私たちの花には、添加物や農薬を使っていません。自然な花、箱に収まらないような完璧ではないものが好きなんです」

そう話すクレモンティーヌさんの笑顔も、飾らずチャーミング。きれいな人だな……と、つい、見とれてしまいました。それもそのはず、20歳でブルターニュ地方からパリにやってきてからは、10年ほどファッションモデルなどをしていたのだそう。いつかカフェをオープンする夢をあたためてきたといいます。

花については独学だそうですが、そのセンスのよさが評判を呼び、店の近くにスタジオをオープン。結婚式の花を作ったり、花の教室を開いたりしています。

「将来はパリの郊外に家を持ち、ゲストに泊まってもらいながら、花の教室を開きたいですね」

キャロットケーキ。ドライのバラの花びらがちりばめられています

自分の夢を実現させるクレモンティーヌさんや蒸留所のニコラさんが、少しうらやましく思えました。

通りに並ぶ多国籍なレストランに、思わず目移り

フォーブル・サンドニ通りには、シリア、クルド、ギリシャなど様々な国や地域の料理店が並んでいます。どの店に入るか迷いますが、私はシリア料理の店を選びました。「ル・デイリー・シリアン」は、ムサカ、タブレ(クスクスのサラダ)、フムス、赤レンズ豆のサラダなど中東の野菜料理を一皿に盛ってくれます。

(上)「ル・デイリー・シリアン」のショーケースには、イートインもテイクアウトもできるお総菜がずらり
(下)トマトのオリーブオイル蒸しに、バスマティライスとカシューナッツを添えた、ヘルシーな一皿をいただきました
クルドサンドイッチ屋さん「ウルファ・デュラム(Urfa Dürüm)」は大人気

アール・ヌーヴォー様式の“大衆食堂”

パリ滞在の最後の夜は、同じ通りにある「ブイヨン・ジュリアン(Bouillon Julien)」へ。

「ブイヨン・ジュリアン」

アール・ヌーヴォー様式の内装が美しいブイヨン(大衆食堂)です。天井、鏡、照明、壁画……内装すべてが優雅な曲線を描き、その豪華さに心奪われます。

「ブイヨン・ジュリアン」の店内

ここはもともと、19世紀半ばに肉屋のオーナーが労働者のために作ったブイヨン(大衆食堂)でしたが、20世紀初頭、建築家エドゥアール・フルニエによってアール・ヌーヴォー様式の内装のレストランへと作り替えられました。当時、豪華な内装の大衆食堂というコンセプトが人気を呼んだのです。これまで、シャンソン歌手のエディット・ピアフなど著名人も訪れてきたそうです。2018年、店はリニューアルオープン。「どれも美しく、おいしく、安い」をモットーに掲げる店は、昼から深夜まで営業し、地元の人や観光客でにぎわっています。

(左)天井のステンドグラスの植物モチーフは、画家ベルナール・ビュフェの父、シャルル・ビュフェが描いた
(右)ソーセージとマッシュドポテトは10.10ユーロ(約1200円)

フォーブル・サンドニ通りは、多国籍で混沌(こんとん)としながらも、新風が吹き込み、伝統的な美しさも残っている。長くないその通りには様々な表情があって、飽きることはありませんでした。

たくさんの出会いがあった濃密なパリの旅も、もう終わり。シャルル・ドゴール空港から、エールフランスで帰ります。ああ、名残惜しいなぁ……でも、またすぐに戻ってくるぞ! そう心に誓い、日本に向けて飛び立ったのでした。

また来ます!

五感が満たされる、空の旅

エールフランスのエコノミークラスに乗り込んで飛び立つと、大判でふかふかなおしぼりで、まずほっと一息。メニュー表のデザインもおしゃれです。これからやってくる食事に、期待が膨らみます。

食事のあと、目の前のスクリーンを操作していたら「wellness(健康)」というチャンネルを見つけました。きらきらと水面が光る海、うっそうとした森に清らかな鳥の声が響く……。映像と音で癒やされて、すぐ眠りに落ちました。五感が満たされるサービスで、成田まで気持ちのよい旅をすることができました。

エールフランス公式ホームページ:https://www.airfrance.co.jp/

PROFILE

辻川 舞子(つじかわ・まいこ)

1993年、朝日新聞社に入社。広告局(現・メディアビジネス局)に配属。ファッション業界を担当し、朝日新聞のファッション面新設で日本新聞協会の「新聞広告賞」を受賞。2013年の朝日新聞デジタル「&」の創刊から編集部員として携わり、2018年6月から編集長。