葉山から、はじまる。

<6>「安定」から「幸せ」にずらす

 ミュージシャン、モデル、役者としても活動する「シネマ・アミーゴ」館長の長島源さん(34)は、逗子生まれの逗子育ち。18歳のときに、葉山・一色海岸で兄が立ち上げた海の家「ブルームーン」を手伝ったときから、「情報発信基地作り」に興味を募らせていた。ブルームーンは、建築材のすべてをリサイクル材でまかない、エコロジーと持続可能型のライフスタイルを表現する先がけだった。

 その後、葉山の南に位置する長者ヶ崎で、元別荘を使った期間限定の空間「SOLAYA」の立ち上げに加わり、企画と飲食部門を担当した。湘南の若いクリエイターと東京の都市カルチャーとの交差点のような場所として、葉山界隈では今でも語り草になっている。

 といっても、長島さんがそこで目指したのは「ビジネス」ではない。世の中の硬直した決まりごとに対するカウンター・メッセージを空間に託すことが、彼にとっては何よりも大事だった。

 メッセージの必要性は1990年代の後半から強く感じていた。ワーキングプアといった言葉が世の中に流れ始めたころ。既存の社会システムからはじき出された人たちや、社会に必要とされている仕事に対価がきちんと支払われない状況に動かされた。20代になったばかりの長島さんは、父が立候補した市長選の選挙事務局長を務め、市民政治への関心を高めると同時に、表現活動に進む。

 インディペンデントの音楽レーベルを立ち上げ、ギターとボーカル、作詞作曲を担当する自身のバンド「ミドルストーン」でアルバムを制作した。次に、別のバンドや民族楽器グループに加わって、下北沢音楽祭やライブハウスで歌ったり、エコイベントや小学校、老人ホームなどで演奏したり、と活動の幅を広げた。

「20代前半でアーティストの方向に突き進んだということは、日本にいる限り、もう会社員へは方向転換はできない、ということも意味していました」

 だから、葛藤はあったという。

 バンドのフロントマンとして活動していたときには、歌詞と現実とのギャップにも疑問を感じた。

「人前でポリティカルなことを叫んでも、自分の生き方と結びつかなければ説得力はない。言葉には内容を込めたい。だったら、もっと実体験を増やすしかないな、って」

 アメリカや中東、ニュージーランドなど世界放浪の旅を繰り返した後は、エコビレッジなど国内各地を訪ねてまわった。日本の地方は自然が豊かで、人が暮らすのにすばらしい場所だと思えていたのに、現実は過疎化、高齢化が進み、さびれていた。福島の原子力発電所や青森県六ヶ所村の再処理施設を目の当たりにして、都市の電力のために地方の土地が使われる矛盾、大都市への極度な一極集中のアンバランスを痛感した。

 行動の根底には、日本人の父とイギリス人の母を持つ自分を、「僕は何人なんだろう?」と、問い続けた日々があった。

「でも、『国』にこだわると、領土、覇権、って戦争の方向につながっていくんです。だから僕は『国』ではなく、『生まれ育った場所』にアイデンティティを求めようと考えた」

 やがて、長島さんの問題意識は「小規模分散型のライフスタイル」という一つのキーワードを探し当て、それが生き方と表現の核になっていく。

「世の中の多くの人が『安定』だと思うような働き方をしないことを、僕自身も不安に思っていた。でも、自分の中のフォーカスを『幸せ』のほうに少しずらしてみたら、目の前が開けてきたんです。シネマ・アミーゴは、そういうことを、ゆるやかに伝えられる場所にしたいんです」

 この空間は、彼の中では映画館ではなく、新たな価値観を発信する基地なのだ。

 今、長島さんは、シネマ・アミーゴの屋根裏にあたる3階部分で暮らしている。拠点を持ったことで、以前のように思い立ったときに旅に出る、という日々はなくなった。当初は、シネマ・カフェという形式を理解してくれる映画配給会社もごくわずかで、上映権の交渉にも苦労した。でも、それが逆に自身の仕事観を定めてくれたともいえる。

 仲間とともに対等な立場で会社を運営していくこと。そのときに負う責任が、自由と自立に結び付いていること。その面白さにこそ、生きる手ごたえがある。2010年からは、生まれ育った逗子の浜辺での野外映画イベント「逗子映画祭」の企画・運営もはじめた。

「世界は一つって、よく言うでしょう。でも、モザイクが一つの色に染まっているのではなく、いろいろな色の小さなモザイクがたくさんあって、その境界がにじんでいる。そういうイメージを理想に描いているんです」

PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<5> みんなが社長で、みんなが社員

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<7> ただひたすら「おいしいパン」を

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