東京の台所

<14>ああ、ものがあふれて 昭和の香り

〈住人プロフィール〉
 整体師、37歳。
 賃貸マンション・2DK・JR中央線 西荻窪駅(杉並区)
 入居5年
 築年数約25年
 実母(介護職員)の二人暮らし

    ◇

 出てくる、出てくる。台所のいろんなすき間から洗剤が。食器洗い洗剤は4本。それ以外にクリームクレンザー、重曹、油汚れ用住宅洗剤……。なんだか懐かしくなってしまった。私の田舎の母にそっくりだからだ。

 冷蔵庫を空けると、今度はチューブの練り辛子が二つも三つもドアポケットに挟まっている。これまた我が母同様。住人の彼が語る。

「母親に、使い掛けの古いのとか捨てなよって言うと、まだ使うからってシャットダウンされちゃう。だからもう言わないんです。喧嘩になるだけだから」

 母と息子の二人暮らし。母は平日は住み込みの介護の仕事を、息子は整体師をしている。彼が高校生のときに、父が病死した。

「それまで専業主婦だった母が、父が亡くなっていきなり小料理屋を始めちゃったんですよ。なんとかしなきゃって思ったんでしょうね。行動が突飛で、思いつきでどんどん突き進む、ある意味アクティブな人ですね。でも、人がいいから、客に奢(おご)っちゃうんですよ。で、6年でつぶれました。あのとき、店開くの止めてればなって今でもときどき思います。ま、俺も高校生だったから、なにもできなかったんですけどね」

 彼は朝は出勤途中にパンを買い、歩きながら食べ、昼は仕事の合間に定食屋、夜は自宅でご飯を炊いて、肉を炒めるか魚を焼く。「野菜? ああ、意識してとったことないですね。昼の定食にちょっと添えられているのを食べる程度かな。肉か魚を食べないとやる気が出ないですから」

 平日は母はいないが、週末は在宅だ。だからと言って特別ゆっくり会話を交わすわけでもない。お袋の味で好きなものはとたずねても、「うーん。ハンバーグや煮物かなあ。時間をかけけて煮込む料理、昔はよく作ってたなあ。でも今はだいたい一緒に過ごすことがないですね」と、淡泊な回答が。

「なるべく接点を持たないようにすること。一緒に住むならそのくらいがちょうどいいです。母と喋っているとすぐ愚痴とか始まっちゃうから。あーだこーだ、だいたいいつもどうでもいいことをしゃべってますからね」

 現実の親子の多くはきっとこうだ。ホームドラマのように、しょっちゅうわいわい言い合うようなものでもない。

 遠慮がないからこそ悪態もつくし、身内だからこそ、母は息子に愚痴の一つもこぼしたくなるのだろう。そんなとき、きっと、また同じ話だと思いながら彼は右から左に聞き流すのだろう。母は、息子が聞いていようがいまいが、話すだけで1日の疲れのいくらかはとれるにちがいないのだ。

 トースターに掛けたふきん。菜箸立てに自分で巻いた花柄のテープ。昭和のお母さんはみんなこうしてた。洗剤のストックが幾つもあって、調味料もあるのにまた買ってしまう。「過剰にないと不安なのかも」と彼は分析していたが、うちの母もそうだ。ごちゃごちゃないと不安で、たくさんあると安心する悪い癖がある。

 接点を持たないと言いながら、ちゃんと愚痴の内容がどうでもいい話ということを知っている。自分で肉を炒めるが、その肉の下味をつけて冷蔵庫に作り置きしているのは母だ。買い物も愛情も過剰。息子や娘にはそれがときどき重くもあるが、半分以上はしょうがないなとあきらめている。昭和の親子はそれでいい。

 初めて訪ねたのに、ものに溢れた小さな台所には、懐かしいかけらがつまっていた。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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