東京の台所

<16>恋人同士のベジタリアンライフ

〈住人プロフィール〉
 料理人 29歳、自然食品店スタッフ 25歳
 賃貸コーポラス・2LDK・小田急線 町田駅(町田市)・入居3年
 築約20年・2人暮らし

    ◇

 彼はフリーの料理人だ。知り合いのカフェで料理教室を開いたり、ワンデイカフェのイベントをしたりしている。彼女は自然食品店でアルバイトをするかたわら、料理教室や有機農家とのコラボイベントなどを仕掛けている。

 交際5年。自然食の料理教室で知りあう以前から、ともにベジタリアンである。

 ベジタリアンとひとことで言っても、じつはいろいろある。肉・魚・乳製品はとる人、卵と鶏肉だけはとる人、乳製品や鶏肉はとるが赤身肉はとらない人などなど。

 ふたりは肉・魚・卵・乳製品など動物性食品は一切とらない。さらに、ローフードと言われる非加熱処理の食品をできるだけとるようにしている。ちなみにこの日の朝食は、野菜と果物のスムージーである。ローストしない生のピーナツバターなどは個人輸入をして、自家製パンに塗るだけでなく、サラダのドレッシングやフォーのたれ作りにも使い、月に1本は消費する。彼は言う。

「ローフードにこだわっているというより、おいしいからやっている。一時期、ローフードが流行ったけど、波に乗るのは好きじゃないんです。ローフードばかりにこだわる風潮はおかしいと思う」

 とはいえ、「一般的には日本ではベジタリアンはまだまだマイノリティ。いたるところでそれを実感します」と2人は口をそろえる。

 とりわけ、彼が1年前から通い始めた陶芸教室では、お年寄りの食生活に愕然とさせられたとか。

「自分で使う器を作りたいという人たちが、昼食になると一斉にコンビニで買いに行き、栄養やバランスなど何も考えてないようなものをかじっている。食事なんてどうでもいいと思っている人たちがまだまだたくさんいる。そんなときですね、より強くマイノリティだと実感するのは」

 彼は高校生の時、バイト先にいた大学4年の先輩が、専攻する学問とまったく関係のない会社に就職するのを見た。

「なんてもったいないんだろう。同時に、大学なんて行ってもしょうがない、と思いました。18歳から22歳までは、一番学べる時期。自分はその間にもっと大事なことを学ぼうと決めたのです」

 その後、ワーキングホリデーでオーストラリア、ニュージーランドに渡り、料理と出あった。初めて自炊生活をして、毎週友達を招いてパーティを開いた。その後、『神との対話』という本で「宇宙人は肉を食べない」という1行を読んで、ベジタリアンに。アメリカのローフードの料理学校で学んだこともある。

 いま、知り合いのカフェの定休日を借りて料理教室を開いている。ワンデイカフェも好評で、ファンも多い。カフェを開かないのですかと聞くと、

「縛られたくないのでやりません。カフェはゴールじゃないし、自由に生きたいから」。

 朝、彼はランニング、彼女は家でヨガをする。酒は飲まない。ダイニングの壁にはふたりそれぞれ“ドリームマップ”を張っている。「○○したい」、ではなく夢を実現した形で書き、なりたい自分をビジュアル化して実現に近づく最近の自己啓発法である。

「彼はみんなが踏み切れないところを、ひょいと踏み切っている。そこが凄いと思います」

 と彼女は尊敬のまなざしを向ける。

 彼は今、ローフードより食育に興味がある。「食を通じて平和を考えたい」と言う2人の台所は、ドリームマップのどのあたりにあるのだろうか――。使い勝手のいい道具が並んだ台所はよく磨き込まれ、次の出番を待っているように見えた。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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