花のない花屋

金婚式迎えた「6月の恋人たち」に

  

〈依頼人プロフィール〉
温子さん 43歳 女性
茨城県在住
植物科学研究者

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小学生だった頃、私の密かな楽しみは両親のいない留守番中に、こっそり母の化粧台で遊ぶことでした。引き出しから口紅を出し、そっと自分の唇に引いては心を躍らせていました。

その日、私はなぜかいつもは開けない引き出しを開けていました。すると、手のひらサイズの、美しい緑色の本がありました。まわりは金色で縁取られ、いかにも特別な本といった雰囲気。「きれいな本! 私のノートにしようかしら」と、手に取って開くと、青い万年筆で詩のようなものが書いてありました。

「美しき6月の讃歌」というようなタイトル。何気なく読み始めると、やがてそれが、若かりし日の父が恋人であった母に贈った詩であることに気づきました。ドキドキしながらページをめくり続けると、最後にこんな一節が目に飛び込んできました。

「我が想い、永久の願い。我が願い、永久の想い。美しき6月の真珠へ」

母の誕生日は6月。そういえば、母は父から贈られた6月の誕生石、真珠の指輪を大切にしていました。私にとっては父と母でしかない2人が昔、恋人同士だった……! そんな当たり前の事実に軽い衝撃を覚えました。

数日後、母に詩を読んだことを告白しました。「どう思った?」と聞かれ、「ドキドキした」と答えると、母はこう続けました。「私は、こんなに情熱的な詩を贈ってくれる人を夫にしたんだから、あなたも結婚するならそういう人を見つけなさいね」。いかにも母らしいアドバイスでした(笑)。もちろん、父もほどなく私が詩を読んだことを知りましたが、まったく動じず。文学青年だった父は、もともと言葉で愛情表現をするタイプだったので、恥ずかしいとも思わなかったみたいです。

大学で植物の研究をしていた父と、子どもを産むまでは生物の研究をしていた母。2人とも気が強くて、愛情表現が豊かな分、喧嘩になると大変でした。子ども心にハラハラすることもありましたが、それでも2人はいい感じに年を重ね、この4月に金婚式を迎えました。そんな彼らに、6月の瑞々しい緑とつややかな真珠のイメージの花束を贈りたいです。

庭仕事が大好きな2人は、広い庭に春夏秋冬いつも植物を育てています。土の匂いがどこかにあり、花が終わった後も、植え替えられるようなものを一つ入れていただけるととても嬉しいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

“美しき6月の讃歌”とは、すてきな言葉の響きですね。実は僕も、6月の空気感って好きなんです。若々しい力いっぱいの春の芽吹きでなく、夏本場へ向かっていく、どこか落ち着いた6月の芽吹き。植物が、浅い緑から濃い緑へ変わって行く季節。そんな感じがとても好きなので、僕なりに“6月の讃歌”を解釈してアレンジしました。

真珠に見立てたのは、その名もホワイトジュエルという花。あえてつぼみの状態で入れて、真珠が散りばめられているようにしました。小さな花が咲いてもとてもかわいいですよ。

そこに加えていったのは、ライラック、バイモユリ、フリージア、ミント、ピンポンマム、キャロットフラワー、ハゴロモジャスミン、カーネーション、ハイドランジア、ディセントラ、グリーンベルなど。浅い緑から濃い緑まで、瑞々しく見えるように緑のコントラストをつけ、白い花が映えるようにしました。

道端などによく生えているグンバイナズナも入れてみました。植物の研究者と生物の研究者だったというお二人なので、作られた自然よりもナチュラルなものがお好きかなと思って……。フラワーアレンジメントに入れると、また違って見えますよね。

色は緑と白の2色でシンプルにまとめていますが、使った花材はだいたい15種類くらい。かなりボリュームがあるように見えます。庭仕事がお好きというお二人のために、お庭のようなイメージで作りました。いかがでしょう?

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

金婚式迎えた「6月の恋人たち」に

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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