東京の台所

<20>LINEで繋がる仲良し3人家族

〈住人プロフィール〉
 大学3年生(女性)・20歳
 賃貸マンション・3LDK・西武新宿線、下井草駅(杉並区)・入居3年・築年数不明
 父(会社員・52歳)、母(着付け・52歳)の3人暮らし

    ◇

 大学では中国文化を学んでいる。将来の夢は書のアーティストだ。そして、まだ1度も1人暮らしをしたことがない。だが、聞いていると当面、その希望もなさそうだ。なにしろ家族の仲がいい。

「家族専用のLINEで会話をしているのですが、ときどき父と母でずっとおしゃべりしていて、私が入っていけないときがあります。LINEの内容? 他愛もないです。今日、みんな何時に終わるとか、夕食はあれを食べようとか」

 母と喧嘩ばかりしていた私なんぞは、10代の頃から、上京したくて1人暮らしをしたくてたまらなかったが、東京の仲良し家族の中で生まれ育った彼女くらいの子はみなこうなのだろうか。

「母は九州から出てきて、私が小学生の頃までスタイリストをしていました。とても忙しそうでしたね。今は、知人のギャラリーで着付けの仕事をしています。父はロケバスのドライバー。ふたりとも仕事が大好きで、本当に楽しそうに働いている。そんな両親を尊敬しています」

 と、きらきらした瞳を真っ直ぐこちらに向けて言う。

 父は焼酎が大好きだが母は飲めない。だから母はノンアルコールやお茶をのみながら、2人で夜遅くまでテレビを見たりおしゃべりをしているのだとか。ともに52歳だが、「いまだにラブラブです」と娘は笑う。

 代田橋、高円寺に長く住んだ。両親が飽きたら引っ越す性分なので、今の家も賃貸マンションである。拾ったちゃぶ台を今も大事に使っている。

「私が小さい頃は、母の故郷の長崎の友人を招いては家で宴会をしていました。大皿料理や手作りケーキが並んで、いつもみんなでわいわい。どんちゃん騒ぎですね、もう。だから一人っ子なんですけど、家で淋しいと思うことがなかった。同世代の子より大人のほうが話が合うという傾向はあったかもしれませんが」

 家は毎晩がお祭り騒ぎだったが、じつは彼女自身は中1まで引っ込み思案で、学校にはなじめなかった。殻に閉じこもり、心を閉ざす日々が続いた。だが、2年になって好きな音楽にのめり込み、ギターを弾き始めたころから、「人と触れあいたい」「友達を作りたい」と思うようになった。高校では軽音楽部と書道部に所属し、今は書のアーティストという夢も見つかった。

 結局、人が好きなのだと思う。仲間を招いては宴会をしていた両親に育てられたのだからきっと、元々はそうだ。

 家族という基盤がゆるぎないからこそ、思春期におもいきり揺れることができる。戻る場所があるから、大きく迷えるのだ。

 さて、この家族は次はどこに越すのだろう。どこへ越しても、やっぱりきっと仲良しで、両親はラブラブで、LINEで3人の夕食の時刻をすりあわせたりするのだろうな。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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