花のない花屋

故野沢尚さんの妻へ 20年前の感謝とともに

  

〈依頼人プロフィール〉
林 由美子さん 45歳 女性
神奈川県在住
会社員

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とても憧れている女性がいます。その方は、今も私の心に強く残る舞台、「恋人たちの短い夜」を書いた脚本家の故野沢尚さんの奥様、野沢由紀子さんです。

1993年6月、私は当時の恋人とその舞台を観に行きました。彼は高校の同級生で、長い間付き合っていましたが、その頃はちょうど別れ話をしていた時期。お芝居は、元恋人同士がお互いの結婚式の直前に2人の思い出をたどり、最後は幸せな形で別れる、という内容でした。役所広司さん、大竹しのぶさん主演で、それは素晴らしい舞台でした。彼がポロポロと涙をこぼす姿を見たのは後にも先にもこの時だけです。

この舞台をきっかけに、私たちはもう一度やり直すことになりました。しかし、まるでお芝居の内容をなぞるように正面から向かい合い、ぶつかり合い、その2年後には別々の人生を歩む結果になりました。

あの舞台から10年あまりたった2004年、野沢尚さんが亡くなったことをニュースで知りました。驚きと悲しみとともにインターネットで検索しているうち、奥様のブログにたどりつきました。そこには、野沢さんが人が手がけたドラマの再放送や進行中だった企画について、さらには今の心境などがつづられていました。

読みながら胸を突かれるような奥様の無念さに涙したり、「こんな夫婦愛もあるんだ」と深い愛情に切なくなったり……。なにより妻としての真摯な姿勢にただただ感服したのです。あんなふうに家族を支えていけたら。野沢さんの奥様はいつしか、妻となり母となった私の理想となりました。

今年3月、あの「恋人たちの短い夜」が20年ぶりに東京で再演されました。もちろん私も駆けつけました。ブログ上で何度かやりとりさせていただいた奥様にも初めてお目にかかりました。後日、生前に野沢さんが愛用していたという、「NOZAWA」というネーム入りの特注ペンを送っていただきました。私の宝物です。

生涯忘れることのできない舞台を書いた脚本家の亡き後も、健気に作品に命を吹き込み続ける奥様。女性としての憧れと尊敬を込めて、野沢由紀子さんにお花をお贈りしたいです。20年前のあの舞台が上演されていた劇場のロビーに飾られていたような、純白の花々を中心にアレンジしていただけるとうれしいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

メールを一読して、とても純粋でまっすぐな印象を受けました。林さんの野沢由紀子さんに対する想い、舞台作品や元恋人に対する想い、そして野沢さんの旦那様に対する想い……。

今回のアレンジは、そんな真摯で一途な気持ちをストレートに形にしました。ご希望通り、使用したのは純白の花。アイボリーを混ぜることもせず、完全に白だけでまとめています。

上部に立てて差したのはスイートピー。その下にカラー、カーネーション、ピンポンマム、トルコキキョウと続いていきます。アクセントにイキシアも少し入れました。ピンポンマムより下はすべて同じ花に見えますが、途中でカーネーションからトルコキキョウに変わっています。花弁が細かく重なり合っている部分がカーネーションで、大ぶりな部分がトルコキキョウです。同じ白い花ですが、質感のグラデーションを作りました。

今回は純白を強調したかったので、クセのある花は使っていません。一つ一つの花を目立たせるというよりは、全体として純白の世界を作りたかったんです。

白という色には清潔感があり、混じり気のない純粋な気持ちを表すのに白い花はぴったりです。純白はウエディングの定番ですが、今回のように贈る人への誠実な気持ちを表すときにもいいですね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

故野沢尚さんの妻へ 20年前の感謝とともに

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


東信を目指す、フラワーデザイナーの彼に

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