東京の台所

<25>家族の交差点のような場所

〈住人プロフィール〉
 和菓子店自営(女性)・39歳
 持ち家・3LDK・副都心線、雑司ヶ谷駅(豊島区)
 入居4年・築4年
 夫(39歳・和菓子店自営)、長男(12歳)、次男(9歳)の4人暮らし

    ◇

 友達の物件探しを手伝うつもりで不動産のウエブサイトをチェックしていたら、近所に鉄筋の古い戸建てを見つけた。

「ああ、あそこ売りに出てるんだと思って試しに買う算段をしてみたら、思ったより安かったこともあり、あれよあれよというまに買うことになってしまったんです。フルスケルトンにして、建築や金属造形をやっている友達にリフォームしてもらいました。1階はガレージ兼期間限定のギャラリー、2階はリビングダイニングキッチン、3階は個室という3階建てです」

 玄関から続く赤い鉄骨の螺旋(らせん)階段は、友達がデザインを引き、板金も一から作った特注品だ。2階のガラス扉を開けると、30畳ほどのリビングが広がる。一角がオープンキッチンになっていて、近くに子どもたちのカバンやお母さんの買い物バッグ、水筒置き場がある。つまり、家族の誰もが家に帰ったら、まずここに立ち寄って自分の荷物をおろし、それからくつろいだり自室に行くという寸法だ。台所は、この家の中心であり、家族の交差点のような場所のようだ。

 夫婦で和菓子屋を営んでいる。仕事は夕方には終わるので、18時には家族で夕食を囲めるが、土曜の昼や夏休みは、子どもたちだけでごはんを食べる。9歳と12歳の男の子。このふたりが、じつによくお手伝いをする。よくよく聞くと、むりやりではなく、自然に手伝えるような台所のつくりにしているのである。

 たとえば、この家には洗った器を乾かしておく水切りかごがない。リビングから丸見えのオープンキッチンだが、水切りかごがないと、それだけでかなりすっきりして見えるものだ。母であり妻である住人は言う。

「水切りかごってずっとそこに置かれるじゃないですか。器は片付けても、かごはしまわれることはない。それはちょっとうっとおしいかなと思うんです。もともと、夫の実家が食べたら家族全員で手分けして洗ってすぐ器を片付ける習慣で、夫自身もすぐ拭いて片付ける癖が付いているんです。これはいいなと思いました」

 夕食は、妻が洗って夫が皿を拭いて片付ける。だが朝は、夫は和菓子の仕込みがあるので早朝に出かけてしまう。だから彼女が洗って、子どもたちは皿を拭いて食器棚にしまってから登校するという。両親がいない土曜に昼や夏休みは、自分たちで洗って、片付ける。洗うのは弟、拭くのは兄。

「拭くときに滑って割るといけないので、しばらく拭き役は長男です。でもそろそろ次男も昇格かな」

 食器棚は腰より低く、子どもが片付けやすい。また、片付ける器の定位置を決めてないので、来客も気軽に手伝いやすい。「この器はここ」と、決めてしまうと、定位置でない場所にしまわれたときイライラするし、来客も手伝いにくくなる。

 家での宴会は多く、14人を招いたこともある。細かいところにはこだわらない彼女のおおらかな性格が人を呼ぶのだろう。

「私、コロッケが下手なんです。どうやっても、揚げているうちに具が全部なくなっちゃう。こんな台所を作ったものだから料理上手に見られがちなんですが、ぜんぜん違うの。ホント、おおざっぱです」

 そんなわけで宴会ではコロッケ以外を気合を入れて揚げたり、パエリアやローストビーフに挑戦したりする。

 整理や料理はおおざっぱかもしれないが、子育てについてはまめでこまやかだ。テレビが壊れたのをきっかけに、テレビのない生活を選んで6年になる。プロジェクターで見たいものだけを見る。今は寝る前にみんなでアメリカドラマを1話見るらしい。これだと、たいして見たくもないものを垂れ流しにせずにすむ。宿題はリビングのちゃぶ台でする。口出しはしないが、母は家事をしながらさりげなく見守る。夕食は家族全員で。

 リビングに、家族全員の憩いの場というハンモックがゆらゆら揺れている。

 親が何を暮らしの核として大切にしているかがしっかり伝わってくる、暖かくて楽しい家だった。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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<24>台所に、そして彼にも「さよなら」を

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