東京の台所

<26>35歳、「自分ルール」でひとり天国

〈住人プロフィール〉
 グラフィックデザイナー、劇団主宰(男性)・35歳
 賃貸コーポ・1K・東急田園都市線、三軒茶屋駅(世田谷区)
 入居4年・築70年ぐらい

    ◇

 18歳から一人暮らしを始めて17年になる。隅々まで独身の自由がにじむ、心地よさそうな空間だった。土日だけ料理をするという台所は、ものがなくがらんとしている。でも、何もないわけでもない。

「鍋、フライパン。必要最低限ものは全部あります。とくに不便はないですね」

 三軒茶屋暮らしは長く、前の家も近所だった。チェーン店より個人商店が多いところが気に入っている。今の家を借りるとき、大きな決め手になったのは広い台所である。6畳の居室と同じくらいある。くくりは「1K」だが、これはお得だと思った。

「家にいるのが好きなので、その環境を良くすることにはわりとこだわるほうなんです。台所にもものを置けたら、部屋を広く使えて快適になりますから」

 その床は、よく見るとゴミひとつ落ちていない。部屋のラグもきれいだ。撮影のために掃除をしたのかとたずねたら、いえと首を振る。そもそも「さあ、今日は休みだから掃除をしよう」と決めてやったことがないという。

「気がついたらさっと拭いちゃうんです。油汚れは中性洗剤でごしごしやったあと、水拭きする。部屋は、あ、汚れてるなと思ったらダイソンのハンドクリーナーでガーってかけちゃう。気づいたらやるタイプなんで、まとめて掃除をするってことがないのです。うーん、結局1日に1回はかけてるかな」

 流しに食べ残しの皿もなく、泊まりのときは必ず流しをきれいにして、ものがない状態にしてから出かけるようにしている。これは広島の実家の父親の影響らしい。

「両親が共働きで、かーちゃんは夕ご飯を作って食べたら疲れてそのへんにごろんとなっちゃうんです。父が片付けて、洗濯をして、その間にとりこんだ洗濯物をたたむ。ものすごく整理や片づけが好きで、家事もかーちゃんと同等にやる人なので、そういうもんかなあと自然に身につきました。まあ、そんなこと以上に、一人暮らしが長いので、自分の中で気持ちよく暮らすためのルールができあがっているのかもしれません」

 そのルールが面白い。グラフィックデザインの仕事の締めきりがない日は、昼間からでも刺し身と焼酎で映画のDVDを見る。仕事が残っている日はビール1本。お盆や正月など特別な日は絶対、蟹。ひとりでも蟹の鍋をつつく。肉は外で食べて、家では食べず野菜と魚中心。映像関係のグラフィックデザインを手がけているので、テレビ番組を見ると、いちいち裏側を考えてしまって疲れる。だからテレビはケーブルの映画だけ。雑誌は買わない。そのかわり本と映画のDVDへの投資は惜しまない。トイレは一度使うごとにさっとブラシで洗う。洋服や靴は、機能性とデザインの両方を兼ね備えた定番品を買う……。

 無理にそうしているわけではなく、家にいる時間を気持ちよくしようと思っているうちに自然と習慣化されていった。

 本当は、家具や焼き物の器が大好きだが、こり出したらきりがないとわかっているので、売り場で見ないようにしている。それはいつか結婚したときの楽しみのためにとっておきます、と笑った。でも、家事もまめで、ひとりの時間もこんなに楽しいのならその必要もあまりなさそうに見える。

「そうなんですよ~。恋愛をしたくないわけじゃないけど、とくに今、困っていることもないんですよねぇ」

 けっして高給取りではないが、ある程度自由にお金を使えるようになった大人にとって、東京の一人暮らしはそれなりに快適で、楽しそうだ。少子化や晩婚は、社会の制度だけが問題ではないらしい、と妙なところで実感した私である。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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<25>家族の交差点のような場所

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<27>料理は「役割」ではなく「喜び」なのだ

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