東京の台所

<27>料理は「役割」ではなく「喜び」なのだ

〈住人プロフィール〉
 会社経営(女性)・47歳
 賃貸マンション・3LDK・23区内
 入居5年・築10年

    ◇

 女手ひとつで育てた娘は3年前、進学のために家を巣立った。この18年間、がむしゃらに働いてきた住人は、家事にもいっさい手を抜かずにやってきた。

 週末には1週間分の献立を手帖に書き出し、必要な食材はぬかりないよう生協で注文した。娘が小学校時代は、塾へ行く前に食べるおやつと飲み物をお盆に用意してから、出勤した。料理に時間のかかる乾物は、あらかじめ水に戻した状態で冷蔵庫に常備。忙しいからという理由で栄養を偏らせたり、子どもに不自由な思いをさせたりしたくなかった。当時を、彼女はこう振り返る。

「台所は子どもの心身の健康を預かる大事な場所だから。家事の中でも、いちばん工夫したり努力したりしたのが料理です。仕事で毎日バタバタしていて、普通のお母さんより圧倒的に時間がなかったけれど、それを手抜きの理由にしたくなかった。だれど今、振り返ると、子どもが巣立つまでの料理はどこか“役割”として作っていたのかもしれませんね……」

 編集の締めきりで遅い帰宅が続くと、「作るの面倒!」「もう、だしはかつお節からとらずに顆粒を使っちゃおうかな」「唐揚げなんてスーパーで売ってるのでいいか」「洗い物やだ~」と心が揺れた。

「料理って思った以上に重労働だし、最も手抜きの誘惑が多い家事ではないでしょうか」と、彼女は分析する。

 それでも、子どもをちゃんと育てなくてはという一心で、誘惑を振り払ってきた。

 今は、シンクに立つと真っ正面に見えるリビングの大きな窓から、ゆっくり夕日が沈むのを眺めながらワインに合うおつまみを作ったり、キャンドルの明かりで友達とご飯を食べたりする。そんな日々の中でふと、「ああ、料理は“喜び”なのだ」と気づいた。

 この春、全力疾走だった会社員生活に終止符を打ち、小さな会社を作った。

「人生のペースをおとしたくなったんです。もっと、自分のために時間を使う生活をしてもいいんじゃないかなって」

 夕刻、8階のマンションの窓から美しいオレンジと群青の混じり合った空が見える。5年も住んでいるのに、会社を辞めてから初めて知った。朝は朝で、まぶしい光が空いっぱいに満ちる。1週間分の献立ではなく、その日いちばんおいしそうな魚や野菜を近所で買い、思いつきの料理を作る。

「季節と食材の顔を見て、その日の料理を決める喜びを毎日かみしめています」

 土用の丑(うし)の日は、スーパーの売り場が鰻(うなぎ)だらけになる。商品ケースから季節の風物詩を知る。ついでに必要のないものもつられて買ってしまったり。そんな生活も悪くないと、いまは思える。

 収入は減ったが、かけがえのないものを手に入れた。それは、料理や、ひとりや、生活そのものを楽しむ時間だ。もう少ししたら、社会人になる娘が帰ってくる。そうなったらもう、役割なんてない。きっと女どうしの楽しいふたり暮らしが始まるんだろう。作る喜び、食べる喜びを分かち合いながら。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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