花のない花屋

叶わなかったハワイ旅行 せめて花で

  

〈依頼人プロフィール〉
上條 裕子さん 41歳 女性
東京都在住
会社員(製造業事務)

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風邪さえほとんどひくことのなかった母が6月に息を引き取りました。65歳でした。

2年ほど前にガンになり、神経麻痺が原因で両手足がしびれ、2月頃から歩行が困難になり、春からは徐々に食べることができなくなりました。そのうち液体さえ飲めなくなり、水はガーゼで口をしめらせるだけ。次第に意識が朦朧として、最期はほとんど眠っているような状態が続きました。

亡くなる前、お花を見せると「まあ、きれい!」と目をぱっちりさせ、匂いをかいでくれたことがありました。それからは毎日、病院へ行く途中に花屋に寄り、お花を持って行きました。

母は専業主婦でしたが、いつもアクティブで好奇心があり、流行りものが大好きでした。私も着られるような若いテイストの洋服を買ったり、ゴルフや海外旅行、グルメも楽しんでいました。

お花も個性のあるものが好きで、昔から「母の日にカーネーションはいや」、「私の仏壇に菊はやめてね」と言ったりしていました。死期を悟ったのか、「そのときがきたら、カスミソウとか西洋花を飾ってね」と口にしていました。看護婦さんには「フリージアが好き」と話していたそうです。

家の庭には、梅、芝桜、パンジー、チューリップ、紫陽花などいろいろな植物が植えてあります。冬に入院したまま、それらの花が咲くのを見ることなく季節が過ぎていってしまったことがとても寂しいです。

この1カ月半は毎日、父や妹、母の妹など、必ず誰かが病室にいました。「ここだけ空気が明るいわね」「いい家族がいるから、きっとお母さんも頑張っているのね」と看護婦さんが声をかけてくれました。

でも、もう母はいません。葬儀は、家族や親戚だけでひっそりと行いました。「友達には言わないで」と母に言われていたので、親しい友人には母の死をまだ知らせていません。

できれば、母が生きているうちに東さんのお花を見せたかったけれど、もう叶いません。でも、花が好きだった天国の母に、東さんのお花を贈りたいです。

もしできることなら、ハワイなど南国系のお花でアレンジしてもらえないでしょうか。昨年、私がハワイに行くと言ったら、「いいなあ」と呟(つぶや)いていたのです。今年の2月頃、病気でつらそうだった母にハワイ旅行をプレゼントしようと思っていたのですが、実現できませんでした。以前、母が彼女の妹に「ハワイに行かない?」と誘っていたことも最近聞きました。どうぞよろしくお願いします。

  

花束を作った東さんのコメント

上條さんのご希望通り、南国系のお花でまとめました。最初は派手すぎるかな、とも思ったのですが、きっと天国にいるお母様は華やいだ雰囲気の方が喜ばれるかと思い、華やかでかつ上品なアレンジにしました。

南国系の花は色が鮮やかで形状が面白く、個性の塊のようなものばかりです。ですので、色のトーンは3色に抑えました。

流行りもの好きとあったので、芭蕉の花、ヘリコニア、ストレチアなど大ぶりでエッジの効いた花をメインにしています。その他、ラン、エピデンドラム、アップルジンジャー、ガーベラなどで全体のバランスをとりました。ほんのりと甘い香りもあるので、匂いも楽しめます。

日本には「白あがり」という言葉があり、これまで供花には白い花が使われてきました。でも、最近は「白い花はさびしい感じがするからいや。最期くらい好きな花を飾ってほしい」という人が増えてきているようです。僕が花屋を始めたばかりの頃は考えられなかったほど、花に対する考え方が変わっています。花を贈ることが形式的なものではなく、「心を反映するもの」となってきたと感じています。

ご家族やご友人の方も、花を見る度にその人が思い浮かぶようなものをお供えすることができたら素敵だなあと思います。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

叶わなかったハワイ旅行 せめて花で

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


ピアノを奏でる一回り年下の同僚に

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40年育てた梅の木が枯れないように

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