東京の台所

<28>巣づくり上手が東京に見つけた「仮の家」

<28>巣づくり上手が東京に見つけた「仮の家」

心の中に“家”を持つ人の快適空間

〈住人プロフィール〉
 会社員(女性)・42歳
 賃貸マンション・1DK・山の手線、上野駅(台東区)
 入居2年・築18年

    ◇

 約20年前、大学時代に留学したイギリスで、イスラエル人の友達がたくさんできた。彼女たちの実家に遊びに行くと、家族の誰もがフレンドリーで、食べ物もおいしく、シンプルで整理整頓されたインテリアも素敵で心惹かれた。イスラエル関係の仕事がしたいと、その頃からおぼろげに思い始めた。

 ところが、おいそれとかの地の仕事は見つからない。

「留学して気づいたんです。英語ができれば国際的な仕事ができる、なんていう時代は終わった。これからはもうひとつ別の言語を習得しなければ、思うような職にはつけないって」

 国際的な仕事をしたいと思うようになったのには、きっかけがあった。高校時代、好きだった英語の女性教師が突然、教壇でこう宣言した。

「夫を日本において、子どもと1年間アメリカに行くので教師を辞めます」

 そういう生き方もあるのかと、衝撃を受けた。同時に、日本にこだわらず、自分も世界に視野を広げようという想いが芽生えた。

 大学卒業後、ヘブライ語を学ぶためにイスラエルへ渡った。それから今日まで、ヘブライ語を使う仕事を続けてきた。住んだ国はイスラエル、スペイン、オーストラリア、ポルトガルと多岐にわたる。3~4年海外で働いて、日本に戻って2~3年働く。その間、会社はいくつか変わっている。

「親も年だし、今度は日本に少し長くいようかなと思っています。ご飯はおいしいし、東京では世界中の国のものが食べられます。日本もいいなあと最近になってしみじみ実感しています」

 友達を招いては、スパイスたっぷりのチャイでお茶をしたり、中東で覚えた料理を振る舞うのが今は楽しい。

 上野公園にほど近い住宅地のなかの、こじんまりとしたマンションの角部屋を自分流のインテリアで居心地良く飾っている。スペインの器、バングラディシュの布、アフリカの洗濯台、イスラエルのタイル。そのなかにひょいと無印良品ののれんや、京都の焼き物が混じっていたりして、心がなごむ。出自の違う暮らしの道具や家具が、絶妙の塩梅で隣合っている。無国籍、とひと言で片付けるにはもったいない。この人風、としか言えないオリジナルな雰囲気が漂う。

 しばらく日本で暮らした後、いつかまた旅立つそうだ。

「1泊の旅行でも、部屋の中をささっと自分が居心地いいように替えてしまうので、友達から、あんたは巣作りが上手だって言われます。たしかにどこの国のどんなアパートに越しても、自分がくつろげる空間にできる。そう言われれば、これが私の唯一の特技かもしれません」

 明るく、誰とでも友達になれる彼女でも、長い海外暮らしのなかで、あるとき、どうしようもなくくたびれ果ててしまったことがあるらしい。そのとき、友達に勧められ、カウンセラーにみてもらった。すると、こう笑い飛ばされた。

「あなたはつねに自分の中に家を持っている人。だからどこへ行っても大丈夫!」

 そう太鼓判を押したイスラエル人のカウンセラーに、私も拍手を送りたい。そのひと言で、彼女の心がどれだけ楽になったかしれないし、パソコン一つで世界のどの国でも仕事ができるのだという彼女の自信を、ますますゆるぎないものにしたのだから。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
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<27>料理は「役割」ではなく「喜び」なのだ

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