花のない花屋

40年育てた梅の木が枯れないように

  

〈依頼人プロフィール〉
能美 香織さん 42歳 女性
東京都在住
会社員

    ◇

「子どもの頃に親に連れて行ってもらった場所で、心に残っている場所はどこですか?」

ある日、インターネットのパスワードを設定しているときに、そんな設問が出てきました。そのときふと、実家の近所にあった「園芸試験場」が思い浮かびました。小学生だった頃、植物好きの母がよく連れて行ってくれたのです。苗や種を分けてもらっていたのか、植物について質問していたのか。いまとなってはよく覚えていませんが、「園芸試験場」という響きが忘れられません。なんて素敵な場所に連れて行ってもらっていたんだろう、と嬉しくなりました。

父は30年以上前に他界しましたが、今のようにガーデニングが流行るずっと前から、庭いじりが好きでした。我が家の庭には、ツツジ、藤棚、バラ、ブドウ、柿、キウイなどいろいろな植物が育ち、草花が絶えることはありませんでした。私たち3人兄妹は、咲き誇る花や実をつける果物を、日々当たり前のように目にして育ちました。

それぞれ実家を出た今でも、姉は毎週末のように1人暮らしの母のもとへ行って庭を整え、剪定(せんてい)が必要なときは弟が手伝いに行きます。庭を通して、家族がつながっているような気がします。

そんな庭の中で、中心的な存在であったのが梅の木です。母が40年以上大事に育ててきました。昔は梅の実がたくさんとれたので、それで梅干しを作っていたものです。

その梅の木が、枯れてしまいそうなのです。母は心配して、油粕や生ゴミなどを根元にやっているそうです。あの梅の木が庭からなくなったら、どんなにがっかりするか、胸が痛みます。そんな母を少しでも元気づけてあげたい。植物のすばらしさを教えてくれた母に、花で恩返しをしたいのです。

母は8月で78歳。見た目はもうお婆さんですが、とても強い人です。女手ひとつで私たち3人を育ててくれました。自分のための贅沢は一切せず、今でもお金はすべて家族のために使うような人。暮らしぶりは質素だけど、“お花では贅沢してほしい”と思い、東さんにお花を作っていただけたらと思いました。モノではなく、植物で母を幸せな気持ちにさせてあげられたら嬉しいです。

  

花束を作った東さんのコメント

農業試験場とはかっこいいですね! そんな素敵な場所に連れて行ってくれたお母様の“庭”をブーケで表現してみました。

1年を通じて草花や果物の絶えることのない庭というのはきっと、こんな感じなんじゃないかな……と勝手に想像し、ベリー、ブルーベリー、イタリアンベリー、スグリなど、6種類の実ものを入れてみました。最近、僕が気に入っているカトレアやノーブルリリー、トルコキキョウ、スモークツリーなども混ぜて華やかな雰囲気を演出しています。香りも大事なので、さわやかなオレガノやランもプラス。3人のお子さんを象徴して、3本のランを入れました。

今回は、素朴でありながら華やかさのあるガーデンスタイル。本当は梅の木を使うことも考えたのですが、1、2歳の小さな木を植えてもなんか違うような気がして、花と実ものだけにしました。

実ものは、派手な色の花と合わせるとぶつかってしまいます。シンプルなグリーン系や薄い色のものと合わせると、まとまりがよくなります。

また、実ものは日持ちのするものを使ったので、一緒に合わせる花も持ちのいいものを選びました。夏は、なるべく直射日光が当たらず風通しのよいところに置いてくださいね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

     ◇

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

40年育てた梅の木が枯れないように

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

facebook

instagram

http://azumamakoto.com/

PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


叶わなかったハワイ旅行 せめて花で

一覧へ戻る

メジャーデビューした、21歳の青年に

RECOMMENDおすすめの記事