東京の台所

<30>フェラーリレッドのコックピット厨房

〈住人プロフィール〉
 ワークショップコーディネーター(女性)・56歳
 分譲マンション・1DK・東京メトロ南北線、白金高輪駅(港区)
 入居11年・築年数11年

    ◇

 友達が純米酒を持参し、「いつもこれを飲みたいからボトルキープさせてくれよ」と言うので、冷蔵庫に保管している。「私に作らせて」と、台所に自らこもる料理好きの友達もいる。そんな家での宴会は月1~4回ほど。

「人に来てもらうのが自分の生活のアクセントになっているようです。基本、持ちよりで、私は最初の1品としめのごはんを担当することが多いです。友達が思い思いの姿でくつろいでいるのを台所から見るのが好きです」

 持ち寄りの基準はただひとつ、「自分が食べたいか、人に食べさせたいものを持ってくること」。それで新しい料理を覚えたり、会話がふくらんだり、いい塩梅に盛り上がるのだという。

 離婚してひとり暮らしをしていたある日、新たに建つ分譲マンションの案内チラシがポストに入っていた。三重から上京して34年。「東京のおかあちゃん」と呼ぶ、別れた夫の母親に電話で相談した。

「ざっくばらんであったかくて本当に気が合うんです。財テクの知識があって、私は別れたあとも貯金を彼女に預けていました。チラシを見て、電話でお母ちゃんに相談したら『高輪は良い場所だし、財産になるわ。あなた絶対買いなさい!』と。でも頭金が……といったら『大丈夫。あなたから預かっているお金があるわよ』っていうんです。あとでみたら、預けたお金を株やなにかで倍近くにしてくれていた。そのお金で私はここを買うことができたのです」

 明るく楽天的に語る住人の思いがけない住まいの物語に、こちらがたじろぐ。彼女は笑いながら言う。

「人には変って思われるかもしれないけれど、私はおかあちゃんのことが大好きでした。亡くなったとき、立場上、お葬式には行けませんでしたが遠くから手を合わせました。おかあちゃんのおかげでこの暮らしがあるのだから今でも感謝、感謝です」

 マンションは女性のインテリアコーディネーターがついていて、1軒ずつ相談に乗ってくれた。その彼女が、台所の色をフェラーリレッドに統一することを強く薦めてきた。

「私はそれはあまりに派手だと反対したのですが、『あなたの生活にはきっとこの色が合うし、後悔しません』ときっぱり言うのです。話しているうちに私の性格を彼女なりに理解してアドバイスしてくれたんでしょうね。なんでも車のフェラーリと同じ塗料を使っているそうです。実際、住んでみたら、鮮やかな赤は元気が出るし、コンパクトな台所を印象深い空間に演出しています。カウンターがL字型で、コックピットにいるみたいで落ち着くし、この家で一番好きな場所になりました」

 赤い台所も楽しげだし、聞けば聞くほど大人の宴会も楽しそうで羨(うらや)ましくなる。実際、料理やパーティが好きで友だちの多い彼女は、周囲からお気楽なひとり暮らしと思われがちだ。だが、きっぱりと反論する。

「本当はひとりは大嫌い。そろそろお料理上手な相方に巡り会いたいです」

 その飾らない正直さが人を呼ぶのだろう。東京のおかあちゃんもきっと彼女みたいな人柄だったのではないか、とふっと思った。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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