花のない花屋

「幸せを呼ぶ花」という名の猫へ

  

〈依頼人プロフィール〉
浅香由美子さん 50歳 女性
千葉県在住
お菓子研究家

    ◇

ミルテが亡くなって最初の命日は中秋の名月でした。

息を引き取ったミルテを抱え、主治医のところへ駆けつけたあの夜。あのときは夜空を見る余裕などありませんでしたが、今年はとても綺麗で静かな月が浮かんでいました。

ミルテは明るい茶色がかったシャム猫で、生後5カ月から18年9カ月、一緒に暮らしました。猫の雑誌で「シャム猫譲ります」という1行を見て電話したのが出会いです。

ミルテという名前は、シューマンのドイツリュートの曲「ミルテの花」からとりました。響きが好きだったのと、ドイツ語でミルテは“しあわせを呼ぶ花”と言われていたから。いい香りのする白いお花で、花嫁がブーケに持つものだそうです。

ミルテは猫なのに、花など美しいものが大好きでした。ベランダのバラの花を摘むと、どこからともなく飛んできてうっとりと匂いを嗅いでいたものです。あるとき、ユリを飾ったまま留守にしていた家に戻ると、ミルテの前足とほっぺが黄色に染まっていました。本人は何事もなかったかのように澄まし顔でしたが、花に顔を突っ込んで匂いをかいでいたのでしょう。

ピンクやキラキラしたものも大好きでした。お客様が来るとバッグの中をのぞき、携帯のストラップなどキラキラしたものをみつければ、前足を出しておねだり。家に修理のお兄さんがくれば、ずっとそばにいて(イケメンが好きなのです)修理箱からビスなどを取り出すのをじっと見つめたり触ったりしていました。

ミルテにはおもちゃ箱がありました。ティッシュの箱でしたが、その中にはリボンやキラキラしたポンポン玉など、彼女が素敵だと思ったものがたくさん入っているのです。人が来ると、それを自慢げに見せていました。「どう、素敵でしょう? でも、あげないわよ」とでもいうように(笑)。

彼女の深い青い目と、ふわふわの毛を今でもよく思い出します。まだ悲しみは消えないけれど、宝石のような時間を過ごさせてもらった感謝を込めて、天国のミルテにいい香りのする花束をあげたいです。亡くなった猫に贈るなんて不思議な依頼だと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

  

花束を作った東信さんのコメント

「ミルテ」の日本名は「ギンバイカ」。白い美しい花を咲かせる常緑生の低木です。浅香さんの仰る通り、とてもいい香りです。開花時期は5月から7月なので、あいにくこの時期に花はないのですが、ギンバイカの葉を探してきました。かわいい形ですよね。

全体はこのギンバイカの枝を短く切って丸くまとめていきました。中心には、ミルテちゃんが好きだったという白いバラを。端には思い出のユリを加えました。どちらも18本ずつ。浅香さんがミルテちゃんと一緒に過ごした時間の年数にしました。ミルテの葉が白い花を引き立てています。

バラとユリを少し離して生けたのは、両方とも匂いの強い花のため。香りが喧嘩しないように少し離しました。時間の経過とともにユリの花が開いていくと、また違った表情になるはずです。時間をかけてゆっくり楽しんでくださいね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

「幸せを呼ぶ花」という名の猫へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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