花のない花屋

うつでふさぎ込む義母にもう1度、笑顔を

  

〈依頼人プロフィール〉
井上明子さん 40歳 女性
千葉県在住
会社員

    ◇

70歳の義母はとても活動的で、「よさこい」からオペラ鑑賞、ヨーロッパ旅行にガーデニングや料理、トールペインティングまで、あらゆることに手を出して人生を楽しむような人でした。

専業主婦ですが、私の夫と夫の弟が社会人になってからは、それまでの家族に捧げてきた人生を取り戻すかのように、いつも何かをしていました。周りが心配しても「体力には自信がある」と言って、止まることを知らないコマのようにまわり続けていたのです。

そんな彼女がまったく別人のようになってしまったのは、今から5年ほど前です。義父にガンが見つかったことがきっかけで、精神が不安定になって眠れず、睡眠薬を飲むように。徐々に量が増え続け、ある日あやまって大量に摂取してしまったのです。

そのまま救急車で運ばれ、隔離病棟に2カ月入院しました。義父は幸いにも退院して回復したものの、彼女はうつ病と診断され、今もまだ薬を飲み続けています。

あんなに旅行好きだったのに、この2、3年は病院へ行く以外、電車で出かけることもありません。おめかしをすることもないし、好きだった料理もあまりしていないようです。ガーデニングも義父に任せっきりです。

そんな様子を見て、義父は毎日一緒に散歩にでかけることを提案しました。もともと仲は良かったものの互いの時間を尊重して、一緒に何かをするということは少なかったようでした。最近は、ふたりで一緒に公園まで歩くのが日課になっています。

少しずつ良くはなってきているようですが、今の義母の日常生活は、食べて、寝て……という単調なことの繰り返し。あんなに好きだったオペラも舞台も映画も見ようとはしません。唯一の刺激はテレビくらいです。

だから、そんな義母に東さんのお花を見てもらい、非日常の世界を思い出してほしいと思いました。美しいもの、楽しいものの世界へもう1度、目を向けてほしいのです。

義母はかつて、義父と一緒にフランスやロンドンで部屋を借りて過ごしたこともあるようで、ヨーロッパの雰囲気が好きです。家の中は向こうで買ってきた食器やファブリックで飾られています。深紅が大好きなので、深紅のお花を使ってアレンジしていただけるとうれしいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

今回はヨーロッパが好きというお義母さんのテイストに合わせて、クラシックなスタイルでまとめました。

テーマカラーは深紅です。秋を代表するお花であるケイトウ、大きなダリア、カーネーションを入れています。カップ咲きのバラ、八重咲きのバラなどバラも数種類加えました。

深紅の中でもグラデーションを出したかったので、ビビッドなダリアの赤や落ちついたバラの赤など“深紅のバリエーション”を意識しました。花の色を揃えると、ケイトウの質感が効いてきますよね。

リーフワークはブラックタイという葉を使いました。重厚感を出すため、落ちついた黒い葉を選んでいます。グリーンをここにいれるとかなり派手になってしまいます。

深紅は個人的にもすごく好きな色。美しい花を見て元気になってくれたらうれしいです。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

うつでふさぎ込む義母にもう1度、笑顔を

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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