葉山から、はじまる。

<38>捨てられる前にもう一度、輝きのときを

天井に吊り下げられたランプ類が、やさしい光を放つ


天井に吊り下げられたランプ類が、やさしい光を放つ

 3・11をきっかけに、磯田朋さん(36)、ゆうさん(38)夫妻は、葉山で店をはじめる決心を固めた。

 朋さんは葉山に移住した2010年の夏に、自分たちはここで何ができるだろう、と思案をめぐらせて、町の商工会主催の起業セミナーに参加していた。ラーメン屋、弁当屋、総菜屋……。当初は食べ物関連の店を思い描いていたが、葉山の飲食店経営者たちの、食に対する真摯な姿勢を見るにつれ、「自分たちの出る幕はないなあ」という思いが募った。

「それならば、葉山にない店を考えよう。私たち、古いものが好きだから、古道具と古家具の店だね、と。そのあたり、それほど深く考えたわけではなかったんです(笑)」(ゆうさん)

 京都出身のゆうさんにとっては、東寺や北野天満宮の骨董市は小さいころから馴染みの世界だった。一方の朋さんは、一人暮らしだったとき、生活必需品の大半を町で発掘したという、掘り出し物を見つける名人だった。

「でも、古道具屋になるにはどうしたらいいの?」

 あきれるくらい素人だった2人は、まず古物商のライセンスを取り、ネットを駆使してセリの情報を仕入れ、足を運ぶようになった。そこで知り合った「玄人」の先輩たちに、「店を開こうと思っています」と相談すると、みなが親切に教えてくれた。百戦錬磨の関係者が気にかけたくれたのは、朋さんに「お金を儲けてやる」といった下心がなかったからだろう。

「いや、実際、古道具屋って、めちゃめちゃ儲かるものじゃありません。だから、僕は本当に好きでやっているんですね」

 寡黙な朋さんは、にっと笑うときに、熱さがのぞく。

 店ではゆうさんが店番、朋さんが買い付けと手入れの担当と、役割を決めている。朋さんは、古い家と町並みが残る葉山の住宅街をひんぱんに歩いて、解体の情報が入ったら、即、駆けつけるようにしている。

「まだ使えるのに捨てられていくものがもったいない、って心から思うんですよ。葉山には木造の住まいの文化がありますが、それも急激に失われつつあります。文化は一度消えたら、もう二度と手に入らない。すべてをゴミとして処分してしまう前に、もう一度、大事に使われていたときの価値を見いだしていきたいんです」

 解体現場では、じっくりと品物を吟味する時間などないから、さっと駆けつけて、いったんすべてを引き取る。そこからは、夜な夜な検分にあてる時間が続く。家の中や、別に借りた倉庫は、文字通り足の踏み場もなくなる。

 それでも、店で品を手に取ったお客さんが、「こんなもの、どこにあったの!?」と目を輝かせると、うれしさがバーッとこみあげてくる。古家具、古道具は、自分の裁量で価値に見合う値段を付けるができるところも、朋さんの性に合っている。高めの値段を付けたお気に入りを、「売ってほしい」とお客さんに所望されると、同じ価値観を共有できた喜びに包まれる。

 サラリーマン生活から離れた今も、日々の忙しさに変わりはない。でも葉山では、「夕日がきれいだから、ちょっとご飯を用意する手を休めて、海に行ってみようか」と、家族でそんな時間の使い方ができる。それは、古いものを大切にする気持ちと、どこかでつながっている気がする。

 葉山の秋も深まりを見せている最中だ。日ごとに昼が短くなって、風早橋のバス停にたたずむ人たちの影が色濃くなる時節。「wakka」にともる灯りが、ひときわ暖かさを感じさせてくれる。

PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<37>テレビ制作会社辞め、夫婦で古道具屋に

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<39>完全予約制の「隠れ家カフェ」で薬膳料理

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