東京の台所

<42>相手を思えば、皿を洗う時間まで楽しい

〈住人プロフィール〉
 カメラマン(男性)・40歳
 賃貸マンション・2DK・JR中央線 西荻窪駅(杉並区)
 入居1年・築10年
 婚約者(30歳・会社員)とふたり暮らし

 週6日は自炊する。外食はたまにするが、コンビニで弁当を買うことは皆無だ。けっして凝り性ではないが、できあいのものを食べるのは苦手なのだ。

「彼女があまり野菜を食べないので、いかに料理に野菜を使っておいしく食べてもらうかを考えます。ラタトゥユを発見したときはうれしかったですね。野菜がたくさんとれてかさが減る。それにおいしいですものね」

 彼女の仕事が思いのほか忙しく、時間の自由になるカメラマンの彼が、彼女の健康を思って作り始めたのがきっかけだ。もちろん節約の目的もある。

「クックパッドでできるだけ簡単な料理を探します。自分のレパートリーだけだと手詰まり感があるので。それをちょっと自分流にアレンジするのが好きです」

 いまは、きのことカマンベールチーズの炒め物が気に入っている。

「カマンベールのコクがいいんですよ。これ、きっとパスタの具にもなると思うんです

 キャベツとウインナーのコトコトスープを作ったときは最後にリゾットにする。ひとつの料理をいろんな味つけで最後まで楽しむのが得意だ。

「じつは以前はほとんど料理をしなかったのですが、節約料理ってじつはすごくクリエーティブですよね。いくらカネあってもいいっていう料理より、知恵を使ってくふうをするほうがずっと楽しい。そんな豪華な食材で作ったことがないからわからないけど、きっと僕はつまらないんじゃないかって思うんです」

 台所の脇には、お気に入りの広いテラスがある。ここで春夏はソーセージやビールを楽しんだ。今は、部屋で鍋が多い。「鍋だとたくさん野菜がとれますからね」

 そんな彼に、彼女は「おいしい」の代わりに「申し訳ない」と言いながら完食するそうだ。

「そりゃ達成感がありますよね。空になった皿を洗うのも好きです」

 けっして贅沢(ぜいたく)ではないけれど、相手のことだけを思って作る料理の時間。これから籍を入れる2人の幸福な食卓。皿を洗う時間まで楽しいと思うこの感覚、そこに流れる甘く穏やかな空気を、私はずいぶん長い間忘れていたなと思い出させられた。こちらまであたたかな気持ちになる台所だった。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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<41>自然感じる地上20階で朝のコーヒー

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<43>ワンルームに詰まった22歳の「青春」

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