花のない花屋

念願の新しいキッチンに立つ母に

  

〈依頼人プロフィール〉
阿部由香さん 42歳 女性
愛媛県在住
主婦

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母のことで思い出すのは、キッチンに立つ後ろ姿です。64歳になる母は、昔から料理がとても上手でした。魔法のような包丁さばきで、テーブルにはいつもたくさんの料理が並びます。

定年退職した父は釣りが趣味で、魚を釣ってくるたび、母が手早くさばいています。その手際の見事さといったら! 彼女の手にかかれば、どんな魚でも素晴らしい刺し身や焼き魚、煮魚に姿を変えます。

中2と小4のうちの息子たちも母の料理が大好きで、料理目当てに会いに行っているといっても過言ではありません(笑)。

母はもともと栄養士になりたかったそうですが、20歳で田舎の長男の家に嫁いで専業主婦になり、私を先頭に女3人、男の子1人を産みました。父の両親や兄妹とも一緒に暮らしていた時期があり、多いときには10人分の食事を作っていたと言います。

「大変だったでしょう?」と聞くと、「料理は好きだから苦じゃなかったよ」との返事。本当は大変なこともあったでしょうに、いまだに母が愚痴を言ったりするのはほとんど聞いたことがありません。「あれが欲しい」「旅行に行きたい」などと自分の感情を表に出して表現することもめったにありません。

今でも覚えているのが15年ほど前のこと。私の結婚が決まり、ウエディングドレスを試着するとき、母ははるばる電車で街まで出てきてくれました。そして、せっかくだからと2人でフレンチレストランで食事をしました。

数日後、実家に帰ると、食卓にそのレストランのテーブルの花が再現されていたのです。たしかスミレだったと思いますが、それまで母が花を飾ることはなかったのでびっくりしました。「珍しいね」と言うと、「本当は花も好きなのよ」と答えました。

実は、一緒に住んでいる祖母が花好きで、家中に花を飾っているため、母は庭に植えるのも部屋に飾るのも遠慮しているというのです。そこまで我慢するのかとびっくりしましたが、母はそうやっていつも周りに気を配る人なのです。

そんな母が10年以上前からキッチンをリフォームしたがっていたのを私は知っていました。祖母や父に遠慮してなかなか実現はしなかったのですが、この秋、とうとう新しいキッチンができることになりました。どうせならお風呂も、というおまけ付きです。

これまで自分の主張をあまりしてこなかった母が夢のキッチンに向けて積極的に動いている姿を見て、私はとても幸せな気持ちになりました。

新しいキッチンができたら、あの日のように食卓に花を飾ってほしい。長年の夢がかなう母に、リフォームのお祝いとこれからも元気でいてほしいという願いを込めてお花を贈りたいです。

新しいキッチンは明るいグレーになるようです。母は赤が好きなので、差し色は赤だねと話しています。キッチンや食卓に飾れるような、パキッとした赤い花でアレンジしていただけないでしょうか。

  

花束を作った東信さんのコメント

今回は、いつもよりさらに濃淡と質感の差を出した赤のアレンジです。

キッチンに置かれるとのことだったので、唐辛子やイタリアンベリー、野バラの実などを入れてみました。

赤い花はダリアやアンスリウム、ガーベラ、ダイヤモンドリリー、ラナンキュラス、カーネーションなど、匂いが強くない花を中心に使っています。

ポイントは縁取りに差したグリーンです。いつもより明るい色の葉を選びました。この色が明るいと、全体の印象がだいぶ変わるんです。リビングなどに置く場合は、濃いグリーンにして存在感を出してもいいのですが、キッチンにはちょっと強すぎます。明るいグリーンにすることで、濃淡のある赤い花束をまわりの風景にとけ込ませています。ちょっとさわやかな感じがしませんか?

リーフワークは全体の面積としては小さいのですが、全体の印象を左右する大事な要素なんですよね。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

念願の新しいキッチンに立つ母に

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


「ありのままでいい」という同級生の夫に 

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