葉山から、はじまる。

<41>「トランジション(転換)」という創造的抵抗

  

 葉山に吹く風を追って、四季にわたり取材を重ねてきた。その風は、自由と自立の香りをのせて、次の生き方へと私たちを導く。

 この町には、そのような生き方の指針になる市民グループの活動もある。「トランジション葉山」だ。

 源流はイギリス南西部の小さな町トットネスで、パーマカルチャー(循環型農業)講師のロブ・ホプキンスさんがはじめた市民運動「トランジションタウン(TT)」にある。ロブさんは、石油埋蔵量がピークを迎える「ピークオイル」を念頭に、「安くて大量の化石燃料に頼り切った弱い町」から、「地域をベースにした、しなやかで強い町」への転換を意識と行動の両面から提唱した。

 TTのキーワードは「レジリエンス(復元力)」。食材の地産地消や、太陽光発電などによるエネルギー自給率の向上など、足元から暮らしを見つめ直すことで、「巨大なシステム」に頼らないでも生きていける力を養う。そして、それがおのずとエコロジカルな生き方につながっていく。そんな持続可能性への理想を込めた言葉だ。

 2005年の発足から数年で、賛同者は世界30カ国以上に広がり、日本では09年にNPO法人「トランジション・ジャパン」がスタート。同じ年に葉山と藤野(神奈川県)、小金井(東京都)の3カ所で地域グループが立ち上がり、今では全国37カ所でTT宣言が行われるまでになった。

 TTの活動は、それぞれ地域の特性によって多岐にわたる。葉山では地域通貨の「なみなみ」や、エネルギーシフトを目指す「たいよう講」、地域の自給自足農園「子安コミュニティガーデン」など、複数のワーキンググループがわきあいあいとした雰囲気の中で、ユニークな活動を行っている。

 それまでの市民運動は、カリスマ・リーダーの情熱に人々がひっぱられる形が目立っていた。社会へのインパクトは大きかったが、一方で内部対立が起こる例も多く、志が純粋であればあるほど対立が激化する、という矛盾的な状況にも陥りがちだった。

 しかし、ロブさんが提唱したTTは、完全なボトムアップ方式。参加者たちは「互いに敵対的な言動、行動はしない」という原則を尊重する。エネルギーシフトに関しても同様で、反原発を声高に叫ぶ代わりに、太陽光発電の装置を自分たちで作ってみる。それぞれが暮らす場所で創造的な「トランジション(転換)」を試み、その行為をもって抵抗に代える、という考え方だ。

「人間、自分がワクワクすることに力を注ぐ方が最終的にはうまくいくのではないでしょうか」

 現在、トランジション葉山の事務局で世話人を務める大宮夏樹さんも、そのような考えに賛同するひとりだ。

 大宮さんは大学卒業後、大手の電気メーカーに就職し、パソコン周辺機器の営業に携わった。時はバブルで、製品がバンバン売れていく快感を味わったが、ほどなくして業界は激しい価格競争に突入。消費者にどんどんモノを捨てさせることが仕事、という苦しい展開になっていった。

「どこか、おかしい」という気持ちは、休日にカヤックやスキーに出かけて解消していたが、自分を癒してくれる自然環境も年々、破壊が進んでいく。生き方を変える必要を肌身で感じ、04年に退社を決意した。

「それは、何となくやめる、というようなものではなく、ある種の強い覚悟が必要なことでした」

 暮らしのシフトチェンジを求めて、内外のエコ・ビレッジを回る中で、新たな出発の地を葉山に決めたのは偶然ではない。かつて、一色海岸の海の家「BLUE MOON(ブルームーン)」に通いながら、音楽と海・山の景色を通してかもし出される、オルタナティブな生き方に共感していた土地だった。

 葉山に引っ越した08年、同町に住む吉田俊郎さん(トランジション・ジャパン共同代表、現在は南阿蘇に在住)らとともに、トランジション葉山の設立に動きはじめ、翌年、グループを正式に立ち上げた。そのときのスタッフメンバーには、後に「シネマ・アミーゴ」をはじめる長島源さんもいた。

 日本国内でいち早く葉山がアクションを起こせたのは、この年に環境問題を争点とした葉山町長選挙があり、志を同じくする人たちの輪ができていたからだ。

 同時に“葉山文化圏”には、ニューウエーブ「海の家」の先駆である「OASIS(オアシス)」や、自然食品店の「陰陽洞」、「ビーチマフィン」など環境共生型の店や、アーティスト、作家らによる、次代の価値観をベースにした、ゆるやかなコミュニティがあった。

 葉山界隈のキーパーソンを通じて、トランジション葉山の考え方は人から人へと輪を描くように広まっていき、やがて大宮さんにもつながったのだった。

(→後編に続きます)

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<40>「右手にロマン、左手にソロバン」の暮らし

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<42>「地域の底力」は楽しそうなことから

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