葉山から、はじまる。

<45> 沖縄やんばるの森で暮らす 根本きこ

  

 那覇から北に向かって車でひた走る。やんばる(山原)の入り口、東村(ひがしそん)まで2時間ほど。右手に海、左手にマングローブの原生林を眺めながら、さらに北へ。アスファルト舗装が途切れた側道に車を置いて、森の奥へと分け入ると、亜熱帯の植物が茂る向こうに、幻のようなたたずまいの家屋が姿を表した。

しかし、それは幻ではない。その証拠に、縁側に洗濯物が盛大に干されている。

「いらっしゃーい」

 元気な声とともに、根本きこさん(39)が手を振っている。続いて、息子の哩来(りく)くん(7)、娘の多実ちゃん(5)、そして夫の西郡潤士さん(39)が次々と登場。夏の日焼けを顔に残し、みんな体つきが引き締まっている。

 2011年3月12日。東京電力福島第一原子力発電所の爆発が報じられたこの日、一家に大きな変化が起きた。ニュースを見るや、家族で移動を決断し、翌日には愛車のハイエースに荷物をまとめ、住み慣れた葉山を離れて西を目指した。原発の建設阻止行動に参加したばかりの山口県上関町を経由して9日後に行き着いたのが、沖縄のやんばるの森の中。その日から、もうすぐ3年になる。

 一家が暮す家は築100年の木造家屋で、電気はかろうじて通じているが、水道、都市ガスは来ていない。ガスはプロパン、生活用水は目の前を流れる川からポンプで汲み上げたものを、タンクに溜めて使う。

これだけでも十分な驚きだが、さらに驚くことに、家の周囲はハブの棲みかでもある。

「いや、住んでみてわかりましたが、ハブは全然、凶暴じゃないですよ~。驚かさなければ大丈夫。共存できます」

 3・11までは、逗子・葉山エリアで絶大な人気を誇った「cafe coya」の店主だった。coyaでは食材や調理をできるだけオーガニックにして、何でもお金で解決する暮らし方から離れようと心がけていた。元はおすし屋さんだったという古い建物を、潤士さんとふたりで改装し、自分たちの子どもと同様、心血を注いで育てた。しかし、現実はあらゆるものを100%買う日々。「おしゃれなフードコーディネーター」の役を背負う中で、どうしても行き詰まりを感じていた。

 それを突破したのが、沖縄での暮らしだ。

 何しろ、夏は川での水浴がお風呂代わりで、冬は数日に1回、五右衛門風呂を薪で炊くという具合。米は自分たちの田んぼで収穫したもの。

 当初は不安もあったが、暮らしてみたら、大きな不自由はなかった。やんばるには、完全自給自足を目指している農業家の森岡尚子さんという“先輩”がいて、いろいろなスキルを教えてもらえる。3・11の後に、葉山をはじめ各地から移住してきた仲間も周囲にいて、いつも、どこかしらから食べ物や情報、助けの手が届く。エネルギーは、供給も消費も最小限。食材は地産地消を中心に、物々交換も積極的に行う。

「あ、でも、ついに2ヶ月前、洗濯機を買いました! あれを発明した方には、あらためて拍手ですねっ」

 それまで、洗濯は目の前の川でやっていた。

「洗濯物をいちいち手で絞っていると、自分でも何をやっているんだろう? と思いますよね。大変っちゃ、すごく大変です」

かたわらの潤士さんが、物静かにいい添える。

「僕は、体力が落ちているときには、自然の威力に負けそうになります。今でも朝起きて、目の前の光景を見ると、不思議な気持ちになるんですよ。大変なのはわかっていたのに、なんで僕たち、こういうことをしてるのかなあ、って」

 再び、きこさんが続ける。

「でも、別の私たちが、面白がっているんです。これ、ウケるっちゃ、ウケる! ウケてなんぼだね、って」

 最後はふたりで「あははは」と、明るい笑い。 

 逃れている間は、終末感にとらわれて、海を渡るフェリーの上で号泣していた。しかし、やんばるに着いた直後から、持ち前のパワーをどんどん取り戻していった。根本さんは潤士さんと一緒に、原発事故という劇薬を、その先に進む原動力に転化したのだ。

(→後編に続きます)

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<44>葉山で身につけた、暮らしを楽しむ術

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<46> 暮らしを自分の手の内に 根本きこ

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