東京の台所

<50>長屋の6畳で週末、宴会天国

〈住人プロフィール〉
 団体職員(男性)・46歳
 賃貸長屋(1K+縁側3畳+玄関2畳) 西武新宿線 中井駅(新宿区)
 入居7年・築57年

 取材ノートに途中から、「EK」と略して書きだした。それほど、彼の話には「宴会」という言葉がよく出てくる。

「氷は、宴会の時にラーメンどんぶりに山盛りにして出しておきます」
「長年欲しかったワインセラーは、夏でも最適な温度でワインを楽しめる。宴会には欠かせない道具ですね」
「ビールが切れたら、宴会途中で隣のスーパーに買いに行きます。だからこの立地は最高です」……

 小皿は古道具屋などで、安いものを大量に買う。単位はだいたい10枚。グラスも6個から。すべての買い物は、宴会前提なのである。

 飲み友のほとんどは、地元・中井の飲み屋で知りあった人たちである。

「近所の人は、飲んでも5分で帰れるし、行きつけの店の常連なので酒やつまみの好みもだいたい似ています。気を遣わなくていいですね」

 ご近所仲間には、職場のような上下関係がない。上司や部下の悪口やうわさ話のない宴会はたしかに楽しそうだ。

 料理は中学生の頃から好きでよくやっている。店でも気になる味に出会うと店主に聞き、自宅で再現する。そのときアレンジを加えて自分流の味に仕上げる。

 築57年という長屋の台所はけっして広くはないが、フライパン、やかん、調味料など必要なものが、すぐ手が届くところに配置されている。

 ヤフオクで買った古い食器棚には、オーストリアのワイングラスブランド、リーデルのタンブラーが並んでいた。その横に古道具屋で買ったアルミのビールグラス。長年憧れた末に購入したワインセラーもある。

 彼にとっては、安いとか高いとか、古いとか新しいという価値観は関係ない。すべては、宴会でみなが心地良く、おいしいものをベストのタイミングで食べられるように――。そのものさしだけで選びぬかれた台所道具が、いいバランスで隣り合いながら空間を構成している。

 6畳の居間には最多で14人が入ったという。だいたい土日の午後1時ごろから集まりだし、買い出しに行って夕方から鍋を始める。翌日が休みなら朝まで飲むことも。料理は、前もって決めずに、その日の顔ぶれによって気分で決める。

 居心地のいい宴会のコツは「気負って、あらかじめ決め込みすぎないことと、途中で必ず炭水化物をとること」とのこと。そのココロは――。「途中で炭水化物を食べないと、とんでもなく厄介な酔っ払い方をしますから」

 男ひとりの長屋暮らしは、ことのほか楽しそうだ。ゴロゴロと、飲み疲れた輩がちゃぶ台のまわりに横になっている写真も見せてもらった。と、取材がひと心地ついたころ、「こんにちは」とつまみを持った若い女性が現れた。

「もうすぐかみさんになる人です」

 もちろん、出会ったのは近所の飲み屋。「料理が上手で、意外に台所がきれい」。彼女が彼を男として意識したのはこの長屋での宴会がきっかけだったという。

 取材後、そのまま宴会に混ぜてもらった私は実感したのである。なるほど、たしかにこの家のEKはとびきりおいしくて、楽しい。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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