葉山から、はじまる。

<46> 暮らしを自分の手の内に 根本きこ

  

 根本きこさん(39)一家が、逗子・葉山から沖縄本島北部のやんばる(山原)に移住して間もなく3年。日々を重ねる中で、当初目指していた「食料の自給」のうち、米の収穫は安定するようになった。次に取り組むのは、「教育の自給」だ。

 7歳の哩来(りく)くんと、5歳の多実ちゃんは今、週に3日、NPOが運営するフリースクールに通っている。場所は馬、ヤギ、ロバ、犬、ニワトリがいる牧場で、午前中はそれら生き物の世話、午後に運動や勉強など、それぞれが好きなことに向かう。スクールでは先生だけでなく、東洋医学の研究者を招いて、「忍者歩き」なぞを教えてもらうこともある。

 哩来くんは当初、地元の小学校に通ったが、決められたペースになじめなかった。そこで、先生と親子で話し合った結果、フリースクールを選ぶことに。

「その過程で私も制度を勉強しました。義務教育って、子どもが学校に通う義務ではなく、親が子どもに教育を与える義務のことだとわかり、選択肢も広げられたんです」

 子どもたちは週に1回、根本さんが仲間と運営をはじめた通称「トッコ学校」にも通う。

 ある日、福岡のシュタイナー学校でアシスタントを務めていたという女性と知り合い、「だったら子どもたちにシュタイナーの勉強を教えて」と、話が進んだ。「トッコ」はその女性の愛称だ。

 トッコ学校での根本さんの役割は、「あこがれだった『給食のおばさん』」。メニューは野菜中心に、その日次第。たとえば韓国からの訪問者がいたら、チヂミやサムゲタンを作ったり、とお楽しみがいろいろだ。

「給食費は野菜でもらっています。それで、もしわが家がピンチになったら、そのときはお金でください、とお願いしています(笑)」

 もうひとつ、昨年から「建物の自給」にも挑戦をはじめた。これは夫の西郡潤士さん(39)が中心となり、大工の棟梁だった仲間のサポートを得て、15坪の作業小屋を手作業で建てている最中だ。敷地は、やんばる暮らしの先輩、農業家の森岡尚子さんが、自然農法を実践している農地の一画。

「これもお金をかけないことが、私たちの基本です。予算は貯金からの200万円。この金額なら、後の人たちも続くことができると思うし、建築は1回経験したら、スキルを仲間と分かち合えるでしょう」

 敷地には、蓮が自生する神秘的な池がある。それにちなんで、根本さんたちはこのプロジェクトを、「ロータス」と呼ぶ。

 一家は、文明とは距離を置きながらも、決して孤立はしていない。自分たちで育てた食べ物が並ぶ食卓は豊かだし、ケイタイ、パソコン、車は暮らしの必需品として、普通に受け入れる。「ひと息どうぞ」と淹れてくれたお茶は、自分で干したグアバの葉と、友人から調達したケツメイシのブレンド。吟味されたカップで供される、野趣あふれるハーブティが森の景色によく似合う。

 極限的な環境でも際立つ暮らしの美意識とバランスは、逗子・葉山の暮らしで培ったものだという。葉山文化圏には、高い意識で生活を楽しむ人たちがたくさんいて、ゆるやかにつながっていた。

「お金第一ではなく、創意工夫が好きな人たちで、コミュニティとして、とても楽しかった。今でも私は、逗子・葉山からここに“派遣”されたのかも、と思っているくらいなんです」

 2011年。移住した当初は、いろいろなものに怒りを感じていた。原発を逃れて来たやんばるで直面したのは、米軍のヘリパッド建設という別の問題。原発、軍隊、ひいては国家という大きなシステムに対して、無力感にさいなまされることもたびたびだ。

「逗子・葉山にいたときは、『何とかしなきゃ』と思ったら、すぐに仲間が集まり、イベントやアクションに結び付けることができた。でも、こちらでは、自分たちの状況も周囲の環境も違って、何でもすぐにとは行きません。第一、お風呂を沸かすにも、さあ薪を拾って……からはじまるわけですからね(笑)」

 あれこれをひっくるめて、自分たちの歩みは「牛歩」だという。

「でも、ここに住むことによって、人はすぐに変われない、ということがわかった。それを知った上で、思い続けることが大事なんだ、と理解できるようになってきたんです」

 思いの先にあるのは、お金第一ではない生き方。システムに巻き込まれない生き方。しかし、根本さんは思想とか、イデオロギーとか、大きな言葉は使わない。代わりに、一家を訪ねる人たちの前に、さっと温かいご飯を用意してくれる。そのおいしさが、世界を変えていく。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、92年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著・中公新書ラクレ)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<45> 沖縄やんばるの森で暮らす 根本きこ

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<47> 葉山カルチャー育ての親が大切にしたもの

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