花のない花屋

「山ガール」に山を教えてくれた先輩へ

  

〈依頼人プロフィール〉
佐久間恵子さん 37歳 女性
神奈川県在住
会社員

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ある日、職場で1度も話したことのない先輩が、山でよく使われるチタンのカップを使っていることに気がつきました。3年ほど前から山に登り始めたばかりの私は、「あ、これ、山の道具屋さんにあったな」と興味を持ち、それまで存在さえ知らなかった先輩に思い切って話しかけてみました。

すると予感は的中。彼は1人でどこまでも山歩きに行ってしまう山好きでした。富士山などメジャーな山しか知らないミーハーな私と違って、彼は丹沢、奥多摩、八ヶ岳、北アルプスなどいろいろな山を知っています。先輩の山の話は興味深く、知らない世界の物語を聞くようで、いつもあっという間に時間が過ぎました。

そして親しくなってからは、山歩きに連れて行ってもらうように。山歩きは一緒に歩く人によって景色が違って見えてきます。昨年、春山を歩いたときは、植物に詳しい先輩の「あ、ユキヤナギがきれいだね」という一言で、私にとってその山は、白く咲き誇るユキヤナギが印象的なものになりました。

夏には、「テント泊をしてみたい」という私の夢を叶えてくれました。昔、パニック障害を患ったことがあったので、1人では無理だと半ばあきらめていたのですが、先輩が尾瀬でのテント泊を実現してくれました。屋外で作る食事の楽しさ、ランタンの優しい光、燧ヶ岳(ひらうちがたけ)からの眺望……。あの時間を一生忘れることはないでしょう。

先輩の素晴らしいところは、山をたくさん知っているばかりでなく、決して知識をひけらかさず、8歳も年下の私に丁寧な言葉で接してくれることです。アイゼンをつけて冬山も登るし、夏は沢登りもするほど豊富な経験があるのに、登山の初級者講習会に一緒に参加してくれたり、教科書を読んで勉強したり……。そんな先輩の姿には本当に尊敬の念を抱きます。

先輩のお陰でどんどん山歩きの楽しさが増してきて、これからもたくさん山に登りたいと思えるようになりました。いつも山では教えてもらってばかりなので、ありがとうの気持ちを込めて私からお礼の花束を贈りたいです。

山で出会うすばらしい景色に見合うような、野草をたくさん使ったお花を贈れたら嬉しいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

「山の風景」を想像してストレートに作ってみました。そよそよとさわやかな風が吹いているようなイメージです。

思い出というユキヤナギを中心に、色は白やグリーンでまとめましたが、かなりいろいろな種類の植物が入っています。たとえば、よく見るとユキヤナギの白い小花の後ろには、すずらんが隠れています。白いチューリップやアネモネ、クリスマスローズ、なでしこなども入れました。

また、つんつん毛が生えているスカビオサの実やグリーンボール、セダムなどコロコロした実もの、質感の面白いものも散りばめています。自然の風景がテーマなので、できるだけいろいろなものを入れようと思ったんです。

周りを囲っている葉は、白い斑入りのナルコラン。濃いグリーンを入れると重くなってしまうので、明るい色を選びました。

女性へ贈る花だったらまた違うものになったと思うのですが、今回は男性へ贈る花。ワイルドに、ダイナミックな感じでまとめました。花を見て、楽しかった山の時間を思い出していただけたらうれしいです。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

「山ガール」に山を教えてくれた先輩へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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