東京の台所

<55>結婚20年。デートが増えた夫婦の新居

〈住人プロフィール〉
 主婦(女性)・53歳
 戸建て・中央線 豊田駅(日野市)
 入居8カ月・築8カ月
 夫(公務員・53歳)、長女(17歳)、長男(15歳)と4人暮らし

「もう、限界かも……」。

 片道1時間40分かけて通勤する夫の疲れ果てた表情を見て、彼女は思った。自分も、朝5時に起きて弁当を作る。そんな毎日が体にこたえるようになってきた。

 東京郊外に5LDKの家を買って住み続けてきたが、50歳を超えたあたりから、夫の疲労度が目に見えて増してきた。

「若い頃は、それでよかったんです。家も広いし、緑もゆたか。子どもにもいい環境ですし、通勤に時間がかかっても乗り切る体力があった。でもこれから先、1日3時間以上の通勤を夫が続けるのはきついだろうなあと思ったのです。それで、年をとったのだから会社までもう少し近いところに住み替えるという結論になりました」

 買い替えた新築の家は、乗り換えなしで仕事場まで行けるJR中央線沿線の豊田駅。ドア・トゥー・ドアで1時間を切る。家族全員、とても喜んでいる。

「八王子、立川、吉祥寺。どの町へもすぐ行ける。子どもの進学先も選択が広くなりました。家を買い替えるというのは、ちょっと勇気がいることだけれど、ストレスを減らすためにそういう選択をするのもいいんじゃないかなって今は思います。家族の年齢やライフスタイルは変遷するものですから」

 今度の家は4LDKで、前よりやや狭くなったが、子どももいずれ巣立つ。もうそれほど広くなくていいとも思った。

 得意料理は豚汁、ぎょうざ、煮物、ビビンバ。料理はあなたにとってなんですかと尋ねたら、一笑に付された。

「うーん、毎日のことすぎて考えたこともないです」

 食事といえば、最近思いがけず、新たな楽しみができたと言う。

「引っ越し後、リビングに飾るものを夫と吉祥寺に買いに入ったんです。ふたりともお酒が好きなので、帰りにちょっと一杯飲んで帰ろうかと。それがきっかけで、夫婦でよく食事に出るようになりました。前の家は、町からも遠く、そういうことができなかったんです。今は、下の子も中学生。料理をしたくないときは、『お弁当買いなー』って子どもたちにお金を渡して、夫と飲みに出かけちゃう。ここへ越してきて、そういう楽しみが増えました。中央線って便利でいいですね」

 正月はふたりで八王子で“八福神巡り”をして、夕方はビールを飲んで帰ったという。それがどれほど楽しかったか、彼女の穏やかな表情からよく伝わってきた。

 結婚20年。住み替えをしてますます仲良くなった夫婦。もうさんざん、お母さんとしての料理をがんばってきた。だから料理の話なんて盛り上がらなくていいのである。大人のふたりが新たに楽しむデートの話のほうが私にはずっと新鮮であった。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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