葉山から、はじまる。

<51>流通業離れ、カフェ「日曜日が待ち遠しい」

  

 鎌倉駅から小町通りを歩いて、最初の四つ角を左に。JRの踏み切りに向かう道の途中に「café vivement dimanche(カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ)」はある。通りに面した窓は全面ガラス張りで、晴れた日は店内に陽の光がさんさんと降り注ぐ。

「ディモンシュ」の略名でファンに知られるカフェは、今年で開業20年になる。いい喫茶店とおいしい珈琲(コーヒー)は、昔から日本の暮らしに根付いていたが、「ディモンシュ」の登場は、それまで私たちが慣れ親しんできた“喫茶店文化”とはまた別の“カフェ・カルチャー”を発信する先駆けとなった。

 今にいたるカフェ・ブームと、その文化的な側面をポップに切り開いてきたのが、店主の堀内隆志さん(46)だ。東京に生まれ、神奈川県相模原市で育った堀内さんは、いわゆるバブル世代。大学卒業後は就職することが「普通」で、鎌倉という土地でカフェのマスターになるとは思いもよらなかったという。

 方向転換の芽は、学生時代に新宿の伊勢丹宣伝部でアルバイトをした日々にあった。活気ある時代の百貨店宣伝部には、音楽、映画、アートなどに詳しい大人たちが集まり、若い堀内さんはさまざまな刺激を受けた。

 流通業の宣伝という仕事にあこがれ、大手の流通企業に就職。アルバイトで受けた刺激を仕事に結び付けていくはずだった。ところが、担当はファッションビルの中にある中高生向け売り場の管理。年に2回の連休にはパリに行き、映画の舞台やカフェめぐりをしながら気分転換を図っていたが、現実に戻ると、希望とはかけ離れた毎日。

「インプットは膨らむ一方なのに、アウトプットができない。そのギャップに悶々(もんもん)としていました」

 そんな堀内さんを救ったのが、アルバイト時代に知り合った美術作家の故・永井宏さんから届いた1通のはがきだった。「葉山にギャラリーを開きます」という案内を読み、会社が休みの平日に、相模原から葉山にある「サンライトギャラリー」に通いはじめた。

 誰にでも表現はできる――そんなポリシーを掲げるサンライトギャラリーには、さまざまな人たちが集まって、権威や理屈にとらわれない展示を試みていた。人に干渉せず、また干渉もされずに、自分の好きなことを自由に表現する。その風通しのよさが、葉山という土地柄を象徴していた。

「といっても記憶に残っているのは、永井さんやギャラリーにいた人たちと、珈琲やお酒を飲んで、ひがな一日おしゃべりをしたこと。ほら、吉本新喜劇で、ご近所の人が入れ代わり立ち代わりやってくる家が出てくるでしょう。あんな感じだったんです(笑)」

 ギャラリーでありながら、カフェのような場所。サンライトギャラリーに通いながら、「僕の夢は、こういう場を作り出すことだった」と、堀内さんは自分のやりたかったことを再発見していった。

 堀内さんの夢は、母の応援で実現に向かう。家庭の事情で家を手放した母が、売却金を開業資金に回してくれることになったのだ。1993年に会社を辞め、母と二人三脚で開業の準備にあたった。物件探しには、永井さんもつきあってくれた。当初は葉山を考えていたが、なかなかいい場所に出会えず、逗子、鎌倉と探す中でめぐりあったのが、小町通りの現店舗だ。

 永井さんは「何年もつきあっていく店なんだから、イメージが大事」といっていた。堀内さんのイメージは、最初から「パリにあるようなカフェ」で決まっていた。店名の「ヴィヴモン・ディモンシュ」は、ヌーヴェルバーグの巨匠、フランソワ・トリュフォーの映画「日曜日が待ち遠しい」の原題だ。

「雑誌の『ガリバー』に、永井さんがヌーヴェルバーグ映画のロケ地をめぐるパリの紀行文を書いていらしたんです。その文章の最後に登場していたのがこの映画。『日曜日が待ち遠しい』っていい響きだな、と印象に残ったんですね」

 94年に鎌倉に誕生した「ディモンシュ」は、サンライトギャラリーが活動を終えた後、ギャラリーのセンスを共有した人々がゆるやかに集まる場として成長していった。葉山から鎌倉へ、バトンタッチが行われたのだ。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<50>店を支える「葉山のアトリエ」の記憶 「sahan」

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<52>1杯のコーヒーという「表現」を通して

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