花のない花屋

兄と農業を続ける、お嬢さま育ちの母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
岩城陽子さん 36歳 女性
千葉県在住
ダンサー

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もともと箱入り娘だったお嬢様育ちの母が、今は泥まみれになって無農薬農業をやっています。昔は美人で自慢でしたが、最近は農作業で日焼けし、ごつごつした手の爪にはいつも泥がついています。

母が農業を始めたのは半ば嫌々でした。薬の研究者として仕事人間を地でいくタイプだった父が、「リタイアしたら無農薬農業をする!」と言いだし、引退前から土地を探し始めたのです。

土を吟味し、やっと見つけたのが茨城県にある休耕地でした。千葉の自宅から車で片道1時間半もかかる場所。広大な土地で、見渡す限りすべて自分の畑です。そこにじゃがいもや里芋などの野菜を何種類も植え、すべて無農薬で育て始めました。

無農薬なので虫取りだけでも大変。割り箸(ばし)を使って、2人でひとつひとつ取り除くのは気の遠くなるような作業です。労力をかけても収穫量は上がらず、卸先が地元のスーパーなので高い値段にもできません。

そんな農業を20年近く続け、ようやく軌道にのりかけてきた矢先、体調不良を訴えて病院に行った父は、「24時間で死ぬ」と告げられました。

肺炎の薬の副作用だったようですが、父は2週間、苦しみ抜いて逝きました。母は「幸せな人生をありがとう」と泣き崩れました。このとき、やはり大声で泣いていた次兄は突然、「僕が父の理想の農業を継ぐ」と宣言しました。彼は無口で、自分の意思を主張しないタイプだったので、みんなびっくりしました。

それから早3年。今も母は次兄と一緒に父の遺志を継いで頑張っています。そんな母の姿は美しくもあり、見ていて苦しくもあります。

最近は祖母の介護という仕事も加わり、69歳の母には試練の日々です。でも、たまに実家に帰ると、どんなに散らかっていても花が飾ってあります。それを見る度に、私は救われた気がします。昔、フラワーアレンジメントの先生をしていたこともある母は、花が大好きなのです。将来、余裕ができたら畑でお花を育てたいとも言っています。

そんな母にエールを込めて花を贈りたいです。母を心から笑顔にしてくれるような花を作っていただけないでしょうか。変わったお花が好きなので、見たこともないような花で、軽やかな気持ちにさせてくれるような花束を作っていただけたらうれしいです。

  

花束を作った東信さんのコメント

ご希望の通り“見たこともないような花”で構成しました。お母様は畑をやっていらっしゃって、花もお好きとのことなので、球根や鉢モノを使っています。

中心に3本差したのは、アマリリスの球根。こぶしぐらいの大きさがあります。もうすこし茎が伸びたら、花を咲かせますよ。何色が出るかは、咲いてからのお楽しみ。アマリリスはとても強く、土に植え替えなくてもちゃんと育ちます。僕は昔、コンクリートに植えた作品を作ったこともあります。

ゴツゴツしたブロッコリーのようなものは、ロマネスクという植物。その他、立体的な形のマムや多肉植物、ガーベラ、ラナンキュラス、アンスリウム、なでしこ、カーネーションなどを使いました。大きなラン、パフィオペディラムがアレンジのアクセントになっています。

造形的でおもしろい形の植物をたくさん使っていますが、色がグリーンで統一されているので、すっきりとまとまって見えるかと思います。

いろいろな苦労を乗り越えてきたお母様はきっと強くて美しくて、生命力にあふれた方なのでしょう。そんなイメージをグリーンの植物に託しました。

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

兄と農業を続ける、お嬢さま育ちの母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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