花のない花屋

駆け落ちから半世紀、金婚式迎える母へ

  

〈依頼人プロフィール〉
渡辺千里さん 42歳 女性
東京都在住
団体職員

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両親は50年前に駆け落ち結婚をしました。2人はもともと高松市にある同じ高校に通っており、母が父より一つ先輩でした。当時から父は母が好きで、いつか結婚をしたいと思っていたそうですが、母は別の人と結婚。父は東京に出て仕事をしていました。

でも、母の結婚生活は続かず、数年後に離婚。すると、父は実家に戻っていた母へ毎日のようにラブレターを送り続けたのです。

父の言葉に心を動かされた母は、東京にいる父の元へ行き、親戚などにも連絡をせずに結婚をしました。写真は撮ったそうですが、結婚式は挙げておらず、母は「式を挙げたかった」とよく言っていました。

駆け落ちをして1年後、長女が生まれますが、生後6カ月で白血病と診断され生死をさまよいました。その頃、母はキリスト教に出会い、教会に通って熱心にお祈りをしていたそうです。母の祈りが届いたのか、長女は奇跡的に回復し、翌年、次女が誕生。さらに6年後、三女である私が生まれました。

私が生まれた翌年、34歳の母は子宮がんになり、子宮を全摘出しました。再発の恐れと闘いながらも、すっかり回復し、その後は生活のためにがむしゃらに働いてきました。月木は公文の講師、火金は商店街の事務、土曜は教会、日曜は教会の結婚式のアテンド、夜は家で機械の組み立ての内職……。とにかく、ずっと働いていた記憶があります。

なかでも結婚式のアテンドは25年間続け、母は挙式された方の名前を覚えていて、町で会ったり、教会を再訪してくれたりする度に声をかけていました。

そして6年前。「帰る道がわからない」という一本の電話から、母の認知症が発覚しました。今、かろうじて家族は認識していますが、それ以外はあまりわからなくなっています。76歳になりますが、体はいたって健康で、話すことが得意な母は持ち前の明るさで元気にデイサービスに通っています。

3月下旬に迎える金婚式では、母の願いだった結婚式を50年越しで挙げようと、家族で準備を進めています。親戚や知人を交えて、あたたかい結婚式にしたいと思っています。

認知症になっても「しあわせな思い」は記憶に残ると聞いています。思い出に残る、春を感じるような花を贈りたいと願っています。

  

花束を作った東信さんのコメント

記憶が薄れていく中でも、印象に残る花にしたくて、春の花をふんだんに使ってインパクトのあるアレンジにしました。

さまざまな種類のダリアやチューリップ、なでしこ、ラナンキュラス、フリージア、マム、カラーなど、色鮮やかな春が咲き乱れています。リーフワークはあえて使わず、赤とピンクのスイートピーでまわりを囲みました。金婚式というお祝いなので、いつもより華やかにしたかったんです。

トップに置いたピンクと白のダリアが目を引きますが、最近ダリアはさまざまな種類が出回っています。昨年、福島の農業高校にオブジェを作りにいったときに、ダリアの生産農家も訪ねました。ダリアはそう簡単に作れるものではないのですが、生産者の努力で種類が増えてきているんです。このアレンジにも数種類入れているので、探してみてくださいね。

家庭も仕事も全力投球で生きてきたお母様。パワフルなエネルギーを春の花に込めました。すてきな金婚式になるといいですね!

  

  

  

  

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>「花のない花屋」まとめ読み

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

駆け落ちから半世紀、金婚式迎える母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


兄と農業を続ける、お嬢さま育ちの母へ

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