東京の台所

<59>原点は、新婚時に招かれた上司の家の食卓

〈住人プロフィール〉
 主婦(女性)・48歳
 戸建て・5LDK・東京メトロ日比谷線 広尾駅(渋谷区)
 入居8カ月・築8カ月
 夫(会社員・46歳)、長女(14歳)、長男(12歳)との4人暮らし

 瀟洒(しょうしゃ)な一軒家である。子どもの友だち家族を招いてのホームパーティーも多い。新婚時代から広尾のマンションに住んでいたが、8カ月前に同地に家を建てた。設計に際してお願いしたのは、「少しでも広く明るく見えるようにして下さい」のひとことのみ。
 はたして、白とブラウンを基調にした168m²のモダンな家ができあがった。長年愛用してきたアメリカのアンティークのテーブルと椅子はこの家に合わないので替えた方がいい、と設計士から提案された。彼女は首をすくめながら、
「合わなくてもなんでも、このテーブルには思い出がいっぱいつまっているし、我が家の顔のようなもの。カントリー調の木の風合いも、伸縮型で10人座れるところも気に入っているので、これでいいんですーって押し通しちゃったんです」
 と教えてくれた。
 そのなかに、ひとつだけ形の違う、座面が布張りでない硬そうな木の椅子がある。彼女専用の椅子である。
「新婚のときに、小さなテーブルと椅子4脚を買ったんです。そのうち家族も増え、お客様もたくさんお招きするようになって、いまの大きなセットに買い替えたんですが、この椅子だけは処分できなくて。座布団も敷いてないので座面も硬いのですが、私にはちょうどいいし、やさしい色も好き。なにより座ると落ちつくんです」
 夫はイギリス育ちの日本人である。
 彼の同僚の家に招かれたり、招いたりすることも多い。元来、社交的で料理が好きな彼女にとって、ホームパーティーは張り合いにもなっている。台所のストックヤードのあちこちの棚から、ランチョンマット、ペーパーナフキンなどもてなし用のテーブルウエアが出てきた。料理が栄える大皿が好きで、来客時はサラダや冷製も2皿ずつ作ることも。スマホで撮った料理写真もたくさん見せてもらった。立派なテーブルコーディネートだったが、すべて独学であるという。
 広尾でのつつましやかな新婚時代には、ランチョンマットひとつさえあるかないかの生活だった。
「あるとき、彼の上司の家に招かれたんです。だんなさんがイギリス人で奥様は日本人という30代のご夫婦。そこで見た食卓が衝撃でした。いっけん普通のお宅なのに、部屋に入るとテーブルコーディネートがまるでレストランみたいに素敵で。ランチョンプレートやクロスはグリーンで統一されていて、銀のフォーク&ナイフがキレイに並んでいて。でも、決してきどった感じではなくて、手作り感あふれるあたたかさに包まれていたのです。ああ、私も夫の友だちを呼んだらこういうおもてなしができる大人になろうって、そのとき強く思いました」
 18年前の食卓の光景を今も鮮明に覚えている。そのときの華やいだ気持ち、おもてなしを受けて嬉しかった気持ちも含めて、それが彼女の暮らしの原点のひとつであるに違いない。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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<58> ピカピカの台所とおばあちゃんの片手鍋

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<60>過食症乗り越えて、お菓子の店を

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