葉山から、はじまる。

<54>誰かの犠牲の上に成り立つ暮らしと訣別

<strong><a href="/and_w/life/gallery/hayama2014_54/">葉山</a></strong>

 作家の廣瀬裕子さん(48)が、葉山の住人になったのは2008年のことだった。  生まれ育ったのも、仕事の場も、それまではずっと東京。出版社で単行本の編集に携わった後、30歳で独立し、書き手に転じてからは、「気持ちいい日常」をテーマに執筆活動を続けた。
 環境の時代にふさわしい「オーガニック&ナチュラル」な暮らしをベースにした廣瀬さんの提案は、消費一辺倒の暮らしを見直したいと願う、多くの女性たちから共感を集めた。
 そのテーマをさらに深めてくれたのが、葉山での日々だ。「海のそばで暮らしたい」と感じて、引っ越すと、海と山に抱かれた土地には、東京とは違う時間の流れと新たな気付きがあった。高台に建てた、白を貴重にしたシンプルな一軒家は、葉山流の「気持ちよさ」を発信する拠点にもなった。
 市民運動の「トランジション葉山」のスタートアップに参加し、極力、環境負荷の少ない生活をこころがけた。ゴミを減らす。地場産のオーガニック野菜を食べる。遺伝子組み換え食品を選ばない。電気に頼り過ぎないように、薪ストーブを設置し、キャンドルを暮らしの中に取り入れる。
 すべてを「買ってまかなう」のではなく、周囲と助け合い、融通し合う。そこから、東京では感じたことのなかった「地元をいとおしむ」という意識がわきあがってきた。
 自身のテーマとつながるワークショップやイベントも積極的に催した。合言葉は「たのしい、おいしい、環境にいい」だ。たとえば、マクロビオティック料理の研究家、中島デコさんを招いた料理教室では、参加者全員で、庭に作った畑から野菜を収穫することからスタート。
「葉山にも外国にあるようなオーガニックマーケットがあればいいのに」という友人の声から、森山神社の境内を舞台に、「たきびマーケット」も企画、実行した。地場産の野菜や天然酵母のパンやお菓子など、葉山ならではのセンスが反映されたものが、焚火(たきび)の周りに並んだマーケットには、近隣以外からも多くの人々が訪れた。
 その中で、根幹のひとつに育っていったのが、原子力発電をめぐるテーマである。
 山口県・祝島に建設が予定されている原発をめぐるドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』(鎌仲ひとみ監督)は、逗子で「cafe coya」を営んでいた根本きこさんたちと一緒に上映会を企画。会場では、ゴミを出さないフードの提供や、音楽ライブなどもいっしょに行った。エネルギー問題は生活そのものでもあることから、勉強会も継続して開いた。
「といっても、電気が悪い、便利が悪いという話ではなくて、誰かの犠牲の上に立つ『快適さ』は違うんじゃないか。そういう自分の中に芽生えた違和感を、きちんと見つめたかったんです」
 もともと「ちいさな声」に共鳴する資質の持ち主。そこから自分の気持ちを探っていくと、「有無をいわさず、大きなものにねじふせられるのがいやだ」という、感情の核心にいきあたった。
 3・11が起こるまでは、安全が強調される原発の怖さをきちんと伝えたいと思っていた。しかし、事故が起きた現実に直面したとき、「今度は自分自身が生き方をシフトしたい」と、と見つめる先が変わった。
 3・11後に、根本さん一家は沖縄へ渡った。ほかにも徳島、岡山、北海道、遠くはハワイへと、知人たちは次々とボーダーを越えいった。
「ひとつの場所にこだわらず、その、散らばっていく感じがいい」と、廣瀬さんも西日本を念頭に行動を開始。1年の準備期間の後、12年の夏に香川県高松市に移住した。
 目指したのは、葉山暮らしよりもさらに、エネルギーやお金を使わないでいい、シンプルな日常。「そのために、海のそばで、水があり、自然を感じられる場所がいいな、とはイメージしていたんですね。そういうところなら、みんなが集える場をつくれるんじゃないか。遠くに行った人たちも来られるんじゃないか。変わりたいと思う自分を支えてくれるんじゃないか。だって、暮らしを変える、生きる場所を変えるって、大きなことですから」
 言葉はさりげないが、廣瀬さんの決意がどれほど強かったかは、丹精込めて使っていた葉山の家を売却したことからも想像できる。
 次に進むために、今、持っている荷物を手放す。その潔さ、覚悟が廣瀬さんにはあった。

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(→後編に続きます。)

PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<53>世界の布扱う生地屋で手仕事の香りを

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<55> 生き方のシフトチェンジ 再び葉山で

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