葉山から、はじまる。

<55> 生き方のシフトチェンジ 再び葉山で

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 3・11で生き方の「シフトチェンジ」を強く意識した廣瀬裕子さん(48)は、震災の翌年に、葉山から香川県高松市へと移住した。
 葉山でシンプルな暮らしを実践していた廣瀬さんが目指した、「よりシンプルな生き方」は、消費だけのためにモノがあふれる街や、使い放題の電力からできるだけ離れ、自分の頭と手足で暮らしを営むことだった。
「でも、電気を絶対使わないとか、すべて自然エネルギーで、という感じではなくて。見た人が、『ああ、これならできる』と思うもの、『これなら、やってみたい』と感じられるものがよかった。それで、ひとつできたら、つぎへ。そうやって、今までとは少し違う新しい暮らしのバランスを見つけたかったんですね」
 好き勝手な消費ではなく、かといって孤立した自給自足や、ストイックすぎる省エネ生活でもない、その間のどこかに存在するバランス――。地方での再出発は、それを探る機会になると思った。
 香川で家を探すにあたっては、「家賃2万円の家&不動産屋を通さない」という課題を自分に設けた。
「家賃のために働く、ということからも離れてみたかったんです。そもそも土地に高額すぎる値段をつけるということが、すでに私には疑問でしたし」
 が、地方では、都会のように物件が常にまわっているわけではない。まずは、高松市の山間にある湖のほとりに仮住まいを借りて、気長に待つことにした。
 廣瀬さんはここでも、葉山で蓄えた企画力と実行力で、「たのしい、おいしい、環境にいい」イベントやワークショップを行っていった。 
 そのひとつが、高松市にある「仏生山温泉」で「おんせんマーケット」を開催したこと。高松のネットワークは地元の友人にまかせ、自分は各地に散らばる友人知人に声をかけて、魅力的な出品物を集めた。沖縄の根本きこさんや、北海道、東京の友人たちは、オーガニックなびん詰めを作り、葉山の「ファイブビーンズ・コーヒー」は、特別に「おんせんブレンド」を焙煎(ばいせん)してくれた。チラシを1枚も使わず、フェイスブックとツイッターだけの告知で大いにににぎわったマーケットは、その後も続いて、みんなの楽しみの場になった。
 新しい土地で、新しいつながりを得る一方で、「禅」の考え方をわかりやすくひもといた本『あたらしいわたし 禅100のメッセージ』(僧侶の藤田一照さんと共著)の執筆にも取り組んだ。
 そして、その間、望む住まいが現れることを待ち続けた。
「ところが、物件を見つけるという、いちばん大事なことができなかったんです。物件を紹介してもらっても、あまりにも荒廃していたり、貸してもらえる寸前までいっても最終的に持ち主さんの気が変わったり。よそからの移住者は、そう簡単に昔からの土地に住むことはできないんだなあ、と思い知りました」
 地方に暮らしてみて身にしみたことは、ほかにも多かった。「象徴的だったのは選挙ですね。選挙があっても、投票したい候補者がいないんです。葉山では複数の候補者がそれぞれ違うポリシーを持っていて、その考え方を聞いた上で、自分がいいと思う人を選べていた。それがどんなに都市的で、特別なことだったのか、はじめてわかりました」
 暮らす場所が決まらない中で、「今じゃないのかも」「ここじゃないのかも」と、気持ちは揺れ続けた。
 13年春、迷う廣瀬さんの背中を押す出来事があった。瀬戸内の島に出かけたときに左ヒザを骨折してしまったのだ。「足にギプスという制約を受けた3カ月間、じっくりと考える時間ができました。必然的にペースダウンをする中で、私はもう一度、シフトする節目、素直になる時期に来ているんだ、と思ったんです」
 目指す先は、再びの葉山。自分が帰ることで、原発事故や暮らし方など、危機感を抱いて発信してきたあれこれが、「ああ、もう大丈夫なんだ」と、受け止められる恐れはあった。だから躊躇(ちゅうちょ)もした。
 しかし、葉山の友人、知人たちは「帰ってくるの? 早かったねえ」と、再びあっさりと迎えてくれた。
 昨年の秋に香川を引き払って、いったん落ち着いた場所は、葉山の隣の鎌倉、由比ガ浜。
「歩いて郵便局にも、銀行にも行ける。友人が近くにいる。何かをすぐに学べる。買うものも、選挙の投票先も自分で選べる。トランジション活動もある。しかもここには、海も山もある。街ってすごい!」
 その「発見」は、香川での暮らしを経験したからこそ、でもあった。
「地方に行けばすべて解決するとは思っていませんでしたが、香川での1年半を経て、自分が柔軟になれたことは確かでした。ケガをしたことで、どうにもできないことがあるのもわかりました。言葉にはできない思いを持っている人もいます。都市は都市の問題、地方は地方の問題がある。ですから、まず相手の事情を思いやるようになって(笑)」
 地方の山間に暮らしたことで、電気がいかに貴重な必需品であるかも実感した。その電気をめぐって、地域の雇用や経済、新規に始まる自然エネルギーが抱えた問題と、簡単に白黒をつけられない現実があることも知った。原発の危険性について意見は変わっていないが、その態度は、ますます原理主義からは遠ざかっている。
 今は鎌倉での日々を楽しんでいるが、ここにずっといるかどうかは決めていない。「ひとつできたら、つぎへ」という課題は、自分の中に生き続けている。廣瀬さんにとって、人生は常に現在進行形なのだ。
「現実の重さを知り、その上で理想を忘れないことが大切だな、と思います。そのためには、きっちり決めた目標に向かっていく、という生き方より、自分の気持ちを見つめながら、自分も、理想も、変化するしなやかさを持てたら。あとは……、みんな自分をもっと大切にしていい。互いをジャッジせずに認め合えたら。そんなことを、ここでもう一度、はじめています」
 そう語る廣瀬さんのかたわらに、海がある。

   ◇

「葉山から、はじまる。」の第1部は今回で終了です。ご愛読をいただき、どうもありがとうございました。
 この連載では、葉山を起点に、周辺の逗子市や横須賀市秋谷、そして鎌倉市にまで広がるエリアを舞台に、新しいライフスタイルの潮流を追ってきました。
 高度経済成長が終わり、低成長から成熟化に移行する今の日本。そこにふさわしい生き方とは、どのようなものか。他者が決めた競争に人生の時間を費やすのではなく、個人の幸せに重点を置いた生き方へ、各自がそれぞれのペースで変わっていく。そのシフトチェンジの芽が、葉山文化圏には、たくさん芽吹いています。
 少しインターバルをいただいた後、続編をスタートする予定です。

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

<54>誰かの犠牲の上に成り立つ暮らしと訣別

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